大韓航空機撃墜事件から35年を経て⑥

未分類あしなが育英会,交通遺児, 自死遺児, 奨学金, 野生のカウンセラー

書かなきゃ書かなきゃと思いつつ、本業がバタバタと。
今日も民間の助成金を2つ書いてみたけど。応援・採択してくれるとありがたいなぁと思いつつ。
事件の日、9月1日までに、今回のとあと一つあげる予定にしています。

さてさて、ぐっちです。
前回は、知らずに進んだ高専には、父親の影があったこと。
その影を追いきれなかったこと。を書いていきました。

そして、今回は、その「中退」と同じぐらい、今に活かされている出来事を。

死別家庭の子どもたち

それは、あしなが育英会の奨学金をお借りしていたことです。

あしなが育英会をご存知ですか?
今でも、年2回?ぐらい高校生が駅などで募金活動をしているので、
「あぁ!あれか!!」
と思われる方もいるかもしれません。

あしなが育英会とは、

病気や災害、自死(自殺)などで親を亡くした子どもたちや、
親が重度障害で働けない家庭の子どもたちを支える民間非営利団体です。
HPより)

私が奨学金を受けていたころに、ちょうど自死遺児のこととか、神戸レインボーハウスとかのころだったように記憶しています。

あしなが育英会さんと組んで、高卒認定合格のサポートとかも一緒にやってみたいなぁ。
周りの子思い出したら、紙一重の子もたくさんいそうだなぁなんて思ってみたり。
関係者の方、ご関心あればぜひ!

夏の集いの想い出

あしなが育英会では、奨学金を受けている人たちの集まり(つどいはやっぱり今でもやってるんですね!)が年1回ありました。
関西の奨学生が集まって親睦を深めるものですが、そのプログラムの中でとりわけ濃い時間となったのが「自分史」の時間でした。

1グループ10数人で別れ、思い思いに自分の歴史を語っていく時間です。

もちろん自分史と言っても、そのほとんどは親を亡くした話、もしくは親を亡くしてどう生きているかの話だったように思います。

親のことが話せない自分

そのころ私は事件についてほとんど知らなかったこともあって、
「○○という飛行機事故で父親が亡くなった」という話をドライに出来事として話をしただけだったように思います。

この「事故」という言葉を使っているあたりも全然現実を把握していないのが分かりますね。
今なら確実に「事件」と表現するでしょうから。

そんな感じで、毎年私の自分史はあっさりと終わっていくのでした。

親のことをたくさんの感情で話すみんな

しかし、同じ班になった人たちはそうではないわけです。
物心ついた後に亡くなっている人や、思春期に入ってからで
まだその出来事に心の整理のついていない状態の人もたくさんいます。

話しながら涙したり

嗚咽を漏らしたり。

それを敢えて表には出さないように努めている人もいました。

聞いた話のいくつかは、今も私の頭の中に残っています。
具体的な言及はここではしないですが、
「こんな経験してきた時の気持ちは、分かるなんて言えない」
間接的な果てしない世界を覗いていたり、

「この話をしてくれた人に、今私は何をするべきだろうか」と。
悲しみなのか、怒りなのか、衝撃なのか、感謝なのか。
自分の中の言い表せない感情をどう表現していくのかを考えていたりしました。

人の話を聴くことの原点

もしかしたら集いの中では、多分私が一番ドライだったかもしれません。

それは、ドライに努めることが、心をざわついたりあばれたりしている人を落ち着けることに一役買っていると思いこんでいただけかもしれないですが。
とにかく、私は努めて冷静にみなさんの話を聞いていました。

個別で話をする機会があると、
・感情を出したいときにはどんな感情が出てきても動じないようにばれないように構えて見たり、
・違う方向に話を変えたほうが良いと思った時は自然に話を流してみたり、
・笑いが必要だと思った時は意外性のある含みのある返しをしてみたり

それがいいのかわるいのか。
何も分からないまま、ただただ相手の感情の機微を意識していたように思います。

「多感」と言われる高校生年代でどれぐらいの人の話を聞いただろうか。
単純計算で、「高校3年分の集い」と「大学生の集い」、そして「リーダーとしての参加した高校生の集い」。
70~80人ぐらいの話を聞いていたのではないかと思います。

衝撃的な話も当然多いわけで、
今、面談などでいろんな話を聞いても動じないのは、
きっとこのころの経験によるものではないかと思っています。

ただ、その副作用として、プライベートでは、
「冷たい」「何を考えているのか分からない」「怖い」など
言われることもありますが。

ぐっちは、そういう経緯で仕上がっているようです。

そういえば、
「ぐっちは野性のカウンセラーやな」
と言われたことがあります。

この経験を振り返ると、言い当て妙だなぁと思うところもあり、
その経緯を知らずともその表現をできるその人こそ、
本当に知識も経験もあるカウンセラーだったりするので、
さすがの一言です。

「相手との距離が近いから取り込まれないように気を付けたほうがいい」
と、別のカウンセラーさんにいわれたこともあります。

この辺りも自分の諸刃だと思うところだったので、
ぐっち的ベストポジションはずっと探しつづける修行の真っただ中ではありますが。
もっとよく見てその場その人の中に起こることを見れるようにしていきたいところです。

今も、いろんな状況のいろんな人に出会えるお仕事をしています。
それぞれが自分らしく生きられるように希望を持てる。
そんなやりとりを目指したいと切に願っています。
できれば、野性のままで。

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ということで、第5回で中退経験、今回で人の話を聞く源のお話はおしまい。いろんな積み重ねで生きている。
事件が与えてくれたものは、今の生き方にとても影響を与えています。

次回は、何の因果かたどり着いた「学校の先生」の経験を書いてみる予定です。お楽しみに!
(つづく)