大韓航空機撃墜事件から35年を経て②

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前回の事件の話から、ひとり親家庭という私の1つ目のマイノリティ人生が早くもスタートするわけですが、それを私が意識するのは、恥ずかしながら最近の出来事です。
(高校中退のほうは、その瞬間から意識してましたけどw)

さてさて、ぐっちです。
ということで、今日はその母子家庭マイノリティのお話。

今日は事件のことはほとんど触れてないですね。
一般的なひとり親家庭のお話。(自分の人生総括、自分史振り返りな感じになってきました)

気づいたときからマイノリティ

事件の時、私は2歳でしたから、物心がついたときから母子家庭の子だったわけです。
父親母親がいる状況での子育てではなく、母親しかいない中の子育てなので、普通に考えて親が子どもにできることは限られます。

それは
“母親が育てるべき” とか、
“親が親として育てるべき” とか、
そういった恵まれた子育て神話がどーだこーだではなく、

代わりに育ててくれる何者かがいるわけでもない状況では、物理的に「目が」「手が」減るわけで、それによって届かないことが出てくるのは当然でしょう。

例えるなら、親の愛情と「しっかり育てたい」という念で、
手が4本になったり目が4つになったり複眼になったりはしないでしょう。
というか、そうなられたほうがグレますね。家出必至。
ひとり親の子育てはその少ないリソースでやらないといけないってことは、それぐらい普通のことです。

その結果、“私は普通だ”とどれだけ思っていても、(“普通”というものがあるのかどうかは分からないけど)やはり受け取った経験として足りなかったものもたくさんあったんだろうなぁと思うものはもちろんあります。

ただ、幸い私にとってはその状況で満足していたというか、こだわりがなかったというか。
ただの勘違いだったのかもしれないですが、、
“わたしは普通”=“ほかの人たちと同じように育っている”と思えていたことは大きかったです。

そしてこの感覚は、すべての経験を伝えきる完璧な子育てなんてものはいくらお金や物質が整おうとも、両親揃っていたり祖父母の協力が得れていたりしようとも、不可能なのは明白なので、みんなが持てる感覚だとも思うのです。

マイノリティの見られ方

「ひとり親に育てられたらふたり親で育てられるよりも得れるものが少ない」
それを裏付けるように、
「やっぱりお父さんがいなかったからー」
「やっぱり父親の厳しさとか愛情とか知らないからねー」
なんて諦め口調で言われることもあります。

もちろん、それで「母性ってなんやねん。父性ってなんやねん」なんて頭をぐるぐるさせてた時代もありました。でも今は、父親との経験がないのは正しい事実だから、そこは仕方ない。反論しても変わらない。と思っています。

そして、私はそれを言う人に対して嫌な感情も憎しみの感情も湧きません。
かといって、感謝の念が生まれるほど大人にはなれてないのですがw

だって、その人の人生の経験を照らして私を見てくれたときの純粋な評価だと思うわけです。フィードバックもらえただけありがたいことです。「その人は私の足りなさを“母子家庭”で納得させた」だけです。その感覚を否定することはできないからです。

でも、そこでは終われないし、終わらないようにしています。
そこからどうできる?を考えるためのものだとして受け取らないと、その状況は一向に変わってこないからです。
もちろんすぐに何とかなる問題ではないので、自分の中でじっくり考え続ける種をまいていくだけですが。それがいつどうなっていくのかは分かりませんが、行動を振り返って反省することだけは最低限やっています。

ただ、そんな足りないと思われている中でも
「こんなにちゃんと大人になって」
「ここまで立派に育てはったのね」
「お母さんが偉かったわ」

と言ってもらえることは嬉しいですし、
むしろこちらのほうが圧倒的に多いです。

それはとても私が恵まれていたことの証でもあるなぁと思っていましたので、感謝を持ってちゃんと母に伝えるようにしてました。母も照れながら否定しながらも喜んでくれていました。

あ、あと、世間からの見られ方でいうと、
母から「母子差別で就職や結婚などで不利になることがある」と言われたこともあります。

時代は、ひとり親の母数の増加とか価値観の多様化とか、劇的な変化の中にあるので、そんなもの気にしなくなっていく方向なんだとは思います。
結婚はまだなので分からない(白目)ところですが
少なくとも就職ではそういったことで蹴られたことはありませんでした。

ただ古式ゆかしき業界には傷物扱いで疎まれることは続いていくんだろうなぁとは思います。「あれ、そうなんかな」なんて思うような出来事も大人になってから経験はさせてもらいましたし。(まぁ、違うかもしれないですがw)

ただ、その状況を“異常”だとも“不利”だとも思わず、ただただ“私の人生はこういうもん”だと受け入れながら生きてこられたのは、母から受けたものの大きさなんだろうなぁと思います。

つづく