【コラム】塾の広告をあれこれ眺めて

NO IMAGE

塾の広告を検索してみると、定番の広告スタイルが見えてきます。

一番多くみられるのは、「合格実績」の人数や「上昇した成績」の点数、「授業料」の安さ、「今だけ無料」の期間などのアピールです。

そういう流れでは、テストの点数や成績の上昇に特化した「地域の特定中学校の専門塾」もいくつか出てきています。その学校の定期テストの過去問などを集めたり、教科担当の先生の傾向などを共有して、テストの点数の上昇を目指していると思われます。もちろんそれ用に対策されているため成績は上がりやすくはなるでしょうし、同じ学校の友達同士などで勉強を進められるため、生徒の通うモチベーションも分かりやすく高まることでしょう。もちろん、「成績を上げる」というニーズは高いですし、そのニーズに応えることは、塾としてとても真っ当な営業活動とも言えます。生徒と運営とがwin-winの関係が上手く構築されているように思います。これは経営者の商機をつかむ上手さが際立ちます。

また、地元密着をアピールするなら、数字だけではなく生徒の顔写真と(中には担当講師の写真と)、コメントや短い文章が添えられているものが効果的です。
大手の予備校などは、もともと内容への信頼はあるものだと考えられるため、イメージコピーのみを押し出すような広告も見られます。

数字は力を持っています。物事を分かりやすくする力です。なので、広告に数字を使うのは直接的に効果が得られるでしょう。今のように数字で語ることに慣れ、目的と手段を明確にして時間やお金をロスを許せない時流ではとても効果的であると考えられます。
逆に、イメージコピーは、雰囲気や抽象的な表現で感性に訴えかけます。これは、そもそも積み上げてきた実績への信頼感などが無いと上手く働かないでしょう。
また、これらの中間として、親近感など感性に訴えかけつつ数字も使っていくスタイルが、地元の塾の広告と言った感じでしょうか。

さて、自分のところを考えてみると、いろいろ難しさがあります。
まず、現状、数字で押せるだけの数はありません。
一人ひとりの成長はあるのだけども、分かりやすくニュースバリューがある実績もありません。
一時期は高卒認定試験の実績などは比較的バリューがあったのですが、通信制高校が急速に広がった今、その価値はほとんどなくなってしまいました。そもそも、高卒認定を受けようという意思がある人は、通信制高校を選ぶようになったので、受験する塾生も激減しています。

塾生たちは、それぞれが本当にバラバラの状況からスタートしていますし、ゴールも十人十色です。「わたしの塾は〇〇をするところです」と言えないぐらい様々です。むしろ「何をしてくれる塾なのかがわからない」とさえ言われます。それは、勉強とか進学だけではなく、就職やその他のキャリア、気持ちが前に向けるまで、などそれぞれのゴールをサポートしているのである意味当然の感想ではあるのです。
また、しんどい状況や状態からスタートする塾生もたくさんいます。あれこれ試行錯誤して乗り越えている塾生たちはとても頑張っているし、塾としてもそこに真っすぐ向かっていく良さはあります。そして、塾生たちの人間的な成長は随所に感じます。でも、人間的成長を言葉で表しても「まぁそうだよね」という感覚を越えられるものではないですし、しんどい状況であればあるほど再現性の無い一個人の経験になるだろうし、また、それを表に出すことも個人的には憚られます(とはいっても、今は一時期ほどは「感動ポルノ」「救済ポルノ」などと揶揄されることは見なくなりました。批判を受けるラインが分かってきたこともあるのでしょうが、逆に「ストーリーとして説明できて、やってることが真っ当ならすべてが許される」という雰囲気さえ感じますが)。ともかく、かろうじて卒塾生の言葉をそのままホームページに載せることだけはやりました。テキストを送ってくれた卒塾生には感謝です。
そのあたりも含めてアピールのポイントは本当に難しいなと常々思っていますし、「今の時代の塾とは何をするところなのだろうか」と長らく考えています。

「成績を上げる」は今後しばらく生成AIの領域になっていくでしょう(少なくとも無料で利用できる限りは)。「生成AIを使った学習法」も記事をまとめたいと思っています。ただ、これは「追うモチベーション」のある一部の人たちだけに有効な手法になります。
「追われるモチベーション」で動く人たちには相変わらず他者の視線が必要ですから、「勉強させる塾」「点数を取らせる塾」もありでしょう。そして、より内側のより深い部分が育つにはAIだけでは難しいと思われますので、そのための塾もアリだと思っています。ただ、後者の成果は見えにくいうえに時間がかかるものであるため、ここをどうするのかは難しいところです。
このあたりも「人は勉強によって何を得られるのか(仮)」で全体の構造も含めて記事をまとめていこうと思っています。

もとい、わたしの塾は何をするところ言えるのだろうか。会う人会う人に「絶対に必要とされる」と言ってもらえるのだけども、なかなか届かない現状です。
まぁ、どこも難しさはあるんだろうし、この難しさの向こう側が見えると、社会も少し変わっていくかもしれないのだろうけど、まだまだ最適解までの道のりは遠そうです。

この先もあれこれ考える時間を引き続き大事にして言葉にしていきたいと思います。

ひとの成長カテゴリの最新記事