夜の街の子どもたち

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「数人でたむろし、髪は茶色や金色で、語感の荒い言葉をつかって大声で会話する。
たばこを吸い、唾を吐き、ごみはポイ捨てしていく。」

みなさんは、夜のコンビニの前や駅前・公園などでよく見かける、このような人たちにどんなイメージを持っているでしょうか。

私は、こういった人たちに声をかけて、話を聞いて回る活動を半年ほど続けています。一般社団法人new-lookを立ち上げたのが今年の5月。ですから、設立してほどなく、この活動を始めました。

「夜回り」というと夜回り先生の印象が強すぎますし、ましてやそこまでの強い動機があったわけでもないので、new-lookでは、この活動を「ナイトクルージング」と呼んでいます。

 このナイトクルージング。初めから事業の1つとしてやろうと決めていたわけではありません。その経緯を少しお話します。

法人を設立して1カ月。まず、new-lookのメイン事業である、高校中退などからのリスタートを応援する個別学習サービス:TOB塾(とぶじゅく)が今年の6月にオープンしました。通常の学習塾でさえ、名前が広まり、顧客が定着するまでに2年程度かかると言われています。そんな中、TOB塾に高校中退者や不登校の子が続々と集まってきて、初めから忙しい盛りになることは当然ありませんでした。

 その代わりに、事業のことをゆっくりと考える時間が与えられました。私自身も中退経験者ですが、地域も年代も違います。また、今年の3月まで中学・高校で教員をしていたといっても、いろんな状況・理由のある中退者に関わったわけでもありません。

 だから、純粋に知りたかったのです。当事者たちの声を聴きたかったのです。そして、私がアプローチできる当事者はどこにいるのか。その答えの1つが夜の街でした。

さて、話を戻しましょう。

みなさんは夜の街にたむろする人たちにどういう印象を持っているでしょうか。

「こわい」「自分とは関係がない」「何も考えてなさそう」「ただ遊んでいるだけ」などなど。色んな声が聞こえてきそうですが、そのほとんどはポジティブなものではありません。

たばこを吸ったり、唾を吐いたり、荒い言葉を使ったり。そのイメージから真面目さとか、やさしさとかを感じることは難しいです。このことは本人たちもよく理解しています。それは「大人はたいてい見て見ぬフリして通り過ぎていくんやけど、俺らのこと恐ないん?」と聞いてくることからも分かります。そして、もう少し話をしていれば、この悪い印象がイメージ先行の産物で、すごく表面的なものであることもすぐに分かります。

夜の街にはいろんな子たちがいます。

家計を支えるために、月に200時間をゆうに超えるバイトをしている子や、朝から晩まで一日中身体を使って正社員として仕事に就いている子など、とりあえず生きるために毎日働いている子たちがいます。この地域で出会う子どもたちの多くは予想以上に何らかの仕事を持っていました。しかし、多くの子は言います。「この仕事はそんなに長く続けられるとは思えない」と。

頑張りたくないわけじゃない。そうやって生きていきたいわけじゃない。「ほんとは先生になりたいんだ」「理学療法士になりたかった」「高卒認定ぐらいはとりたい」「大学に行きたかった」。いろんな夢も聞こえてきました。でも、目の前には仕事のある日常がずっと流れているのです。

少しだけ考えてみてください。彼ら・彼女らが夜の街にいるのは、どうしてだろう。

そして、あなたがそうならなかったのは、どうしてだろう。

本当に甘えや遊びたい気持ち、やる気のなさだけがそうさせているのだろうか。

夜の街で出会う子たちがすべて良い子かどうかは分からないです。それはナイトクルージングという、その子にとっての非日常な一期一会の中では判断できないという意味で。そして、甘えであったり努力が足りなかったりする子ももちろんいると思います。しかし、ことはそれだけで片付けられるものではありません。

まだじっくりとヒアリングすることができていないのですが、穏やかでない生活状況・家庭環境を感じることもあります。しかし、夜の街でふらっと出会った一見さん相手に、友達のいる前であれこれ不幸をひけらかしたりはしないでしょう。

これについて深めていくのはこれから。つながりの中で少しずつ探っていきたいと思っています。

ナイトクルージングを始めてみると、これがとても興味深く・意義深く・果てしない活動であることがすぐに理解させられました。彼ら・彼女らが転職や進学、将来を考えたとき、現実的な選択肢はそれほど多くないでしょう。その上、相談できる場所も知らないのです。

そして、夜の街では多くの大人たちに見て見ぬフリをされ、関わってくる大人といえば、口を開けば注意や補導、そして、お説教と下心。そんな危うい立ち位置の中で彼ら・彼女たちは生きていることが分かります。

私にできることは限られています。それは、彼ら・彼女たちとのつながりを持つこと。何らかのアクションを起こそうとしたときに使える、小さな窓口を開くことです。そして、そこから必要な場所とつながってもらうことです。ただそれだけなのです。

まだまだ始まったばかりの「ナイトクルージング」。続きはまた機会を改めて。

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