水ダウで炎上のはっしーはっぴーを見ながら(分析)

NO IMAGE

話題のこちらの話。
番組を見ているときから、はっしーはっぴーさんの言動のあれこれが、「その道は死路」だけど本人にはその道しかなかったんだろうなーと思いつつ見ていました。

※個性や特性は人それぞれで、私自身ははっしーはっぴーさんともちろん話したこともないしほとんど動画でも見ないし、なんとなく今回見ながら、あーこういう感じで生きづらくなっちゃってる人っているなーと思いつつ書いたものなので、はっしーはっぴーさんとか特定の誰かを書いているわけではなく、番組を見て思ったことをあれこれ書いてみただけですので悪しからず。

「その道は死路」

その道しかなかったの「その道」を端的に言うと、
「口先と立ち居振る舞いの雰囲気で”俺できる感”を出していて、最後に旗を取れたことも含めて、そのままでこれまで来れちゃった」
という感じでしょうか。

情報が簡単に手に入る世の中になっていて、一昔前は自力検索で、今は生成AIで、”俺できる感”を出すための情報はすぐに簡単に手に入れられるようになってきています。それを自分の手柄だと思ったら、「その道」の方向にグッと進みやすくなります。
また、みんな情報を得られるようになってきて、人数の多い領域ではボロが出やすくなるので、
・よりニッチな方に(今回で言うと、自作キャンピングカー生活とか)移動して、対戦相手を減らしたり、マウント取れる相手しかいなかったり、自分がより尖った感じに見られたりする領域に居を構えるみたいなことになります。
・もう一方の世界線だと、職人とか、非言語的な領域だと、勘違いヤローでも言葉での糾弾とかはなく気にしなければそのまま居座れたり、気のいい人たちによって周りが助けてくれる状況とかになったりします(それも自分の手柄には読み替える可能性は高いでしょうが)。
いずれにしても、「情報にすがる自分」を変える方向には動きません。

それでも、ニッチな方向と非言語領域を上手く渡り歩いて「この道」を進んできたんじゃないかなと。
では、なぜこの道を進み続ける選択肢しかなかったのか、というと、

「過剰な言語化、効率化の弊害」

1つ目には.過剰な言語化、効率化の弊害があると思います。
要は「正しいものは正しい(それ以外は間違い)」の考え方です。これは答えを求める学習しかしてこれなかったことも大いに影響していると思いますが、論理的に納得感があることであれば、それが唯一の正解になりがちです。他の正解を探すことは効率が悪いわけですので。「操作能力は早い者勝ち」はここでも出てきます。
少し具体的な例で言えば、「より知識を知っている方が、仕切っている方が、上の立場である」という言語化と、「知識を知っているように見せかけられれば、仕切っている立場に立っている事実があれば、上の立場に慣れている」という効率化の愛の結晶です。本来は「知識」も「仕切り」もその他たくさんある立場の違いと負う責任の違いでしかないんだけど、その区別も多分ついていないぐらい表面を追うことに必死になっている感じです。(なので、非を認める=責任を取ることは最後の最後の追い込まれ方をしないと出てきません。そして、その出し方も謝り方が分からない不器用な謝罪ではなく、仕方がないからと言葉だけの謝罪です。非を認めることは自分が折れることであり、”俺できる感”を著しく損なうため何としても避けたいのです。)

「アナログ経験の少なさ」

2つ目には、アナログ経験の少なさです。
先ほど「生成AIで、”俺できる感”を出すための情報はすぐに簡単に手に入れられる」と言いましたが、まさにこれです。デジタル空間は物理空間と違い、時間とか重さとかの物理法則を無視します。なので、すぐにすごいものができてしまいます。一方、アナログ世界ではそういうわけにはいきません。”俺できる感”のための情報をアナログで取得しようと思うと膨大な時間と労力が必要となるわけです。しかし、その違いを理解できないと「あれをこうやってああやってそうやればそこは完成するはず」みたいな頭の中のことと、現実でそれを実現させることとの違いが分からないのです。なので

は「もう勝ちやな」
み「なんでそう思うん?」
は「なんでそんなことも分からないんですか?」

みたいな(うるおぼえ)コミュニケーションが生まれてしまうわけです。
この場合、みなみかわさんは「現実的な理解」を求めたのに、はっしーはっぴーさんが「できる俺演出」で返してしまっているがために、決定的にコミュニケーションが決裂してしまっていますが。2重3重に噛み合わない悪手です。

は「もう勝ちやな」(デジタル脳)
み「なんでそう思うん?」(アナログ脳)
は「なんでそんなことも分からないんですか?」(俺できる感)

「失敗経験の少なさ」

3つ目は、「思い続ければ叶う」「簡単にあきらめるな」「やったもんがち」の標語です。
情報にすがりたい人は、唯一絶対の正解を欲しがります。その結果、ここのタイトルみたいな標語の都合のいい部分だけを集めて自分の信条にする場合があります。世の中で一定支持を集められるものばかりですので、装備するにはちょうどいいわけです。
はっしーはっぴーさんがどうかは分かりませんが、こういうものを信じていて、そうしなければならないと思っていると(効率至上主義の弊害も相まって)、「今の道を引き返すこと」は、「自分の失敗を認めること」になり「今までのことが無駄になる」ため、過去から現在の自分を否定することにつながります。そして、周りから”できないヤツ”認定されてしまうという「未来を失う恐怖」も襲ってきますので、過去も現在も未来も価値がないものに感じてしまうのでしょう。そんなことは全然ないうえに、”できないヤツ”認定はすでにされていることに気づいてないだけ、なんてことも全然あり得るのですが、ともあれ本人としては一大事です。ここは端的に言うと、失敗経験の少なさとも言えるでしょうか。

成功という誘惑

ともあれ、「いち早く名をあげたい」というゴールにひた走る効率厨の人たちには、自信がない人や余裕のない人が多いわけですが、最短ルートこそ至上なわけです。しかも、そのゴールへの並々ならぬ、人生をかけた思いもあるわけなので、一点突破、周りを見る視野などあるはずもないでしょう。
そのため、「その道」がゴールへの最短ルートだと信じ、その道が一番早い道と信じ、その道以外ないと信じていれば、その道の上に大きすぎる岩石が道をふさいでいても、「この道が最高!!」とぶつかりまくって、額から血が出ようが、炎上しまくろうが進もうとしてしまうでしょう。今回みたいに、ちょっと光が見えたと思えばなおさらかもしれません。

ゴールに至る道は1本ではないこと、「行けなかった」経験も糧になること、いろんな見方があるのですが、それらは響かないでしょう。傷が増える一方なので、唯一の道は「ものすごく痛い奴」として振り切れるかどうかかもしれません。まぁそのポジションが本人が望んだものかどうかは分かりませんが、そういうのがはまる世界線もあるかもしれませんね。(と、なんだか笑うセールスマン的な締め方になったなーと思いつつ)

今週の水ダウはお休みなので、TVerであと1週間以上見れるとのことなので、見れそうな方はぜひ。人によっては共感性羞恥にお気をつけて。

作品からのヒントカテゴリの最新記事