「エリクサー症候群」という言葉を知っているでしょうか。
「エリクサー」とは
RPGゲームで使われる言葉です。知ってる人は飛ばしてください。
ファイナルファンタジーシリーズなどに登場する「エリクサー」とはとても貴重なアイテムです。その効果は、HPもMPも、(HPは体力、MPは魔力、マナポイント、ゲームによっては言い方は様々で、サイコパワーとか技ポイント、術ポイントなどなど)、全回復してくれます。
さらに「ラストエリクサー」という「エリクサー」の上位のアイテムもあったりします(「エリクサー」が個人の全回復だとすると、「ラストエリクサー」はパーティーメンバー全員を全回復するもの)。
※「エリクサー」とはもともと、飲めば不老不死になったり、万病を治したりする伝説上の薬が元ネタです。
ということで、ここで言う「エリクサー」とは「とても貴重で、使ったら無くなってしまうものなので、ここぞというときに取っておきたいもの」というような意味の言葉と思ってください。
エリクサー症候群
そして、「エリクサー症候群」とは、その「貴重でもったいないアイテム」を「もったいないからと使うことを惜しみすぎた結果、一度も使えないままラスボスを倒してクリアしてしまう」=「アイテムボックスの中に使われないエリクサーがたくさん残ったままになる」という症状、ということになります。
(ラストエリクサー症候群という言い方をすることもあります。)
さて、この「エリクサー症候群」は何もゲームに限った話ではありません。日常生活でも次のような経験をしたことはないでしょうか。
- 人からもらった高級なコーヒーや紅茶を大事にしまって、そのまま賞味期限が切れてしまった。
- 欲しかった推しのグッズ(キーホルダーやクリアファイル)を買ったけど、使わずに大事にしまっている。
- 行きつけのお店のクーポンを、もっと良い掘り出し物と出会ったときに使おうと思っていたら期限が迫っていた。
こういったことになるのは、「もったいない」や「失いたくない」など損失を回避したい気持ちや、「こんなに良いものなのだからさらにいい成果のために使いたい」という完璧主義的な気持ちがそうさせると言われています。
エリクサーを使う世界・使わなかった世界
私も関西人であり貧乏性なので、エリクサー症候群の患者に分類されると思われます。が、最近いろんな無駄な動きをすることを覚えたこともあり、少しその考え方が変わってきています。
端的に言うと「エリクサーを使って楽しむ人生の方が楽しそう」という考え方になってきています。
もう少し言葉を足すと、「どうせ自分の思い通りに進むことの方が稀なのだから、エリクサーを使うというリスクを楽しむ方が豊かに暮らせそう」ということに気づきつつあります。
エリクサーでも推しのグッズでも何でもいいのですが、ここでは、推しのグッズ(キーホルダー)を使うことを考えてみましょう。
(ちなみに、お財布の事情でグッズは1つしか買えないこととします。金にものを言わせて「使う用」「観賞用」「保存用」とかやってると、そもそもの前提である「希少性・貴重性」が無くなってしまいますしね。)
1.推しのキーホルダーを大事にしまう場合
なんか、コントの入りみたいなタイトルですが、そんな場合です。
私のものになった推しのグッズが汚れてしまうのが嫌なので、基本的には紫外線も避けて大事にしまっています。ときどき私の気持ちによって私が愛でて私が満たされ、また大事にしまいます。そして、少しずつ気持ちが落ち着くと共に出される回数が減っていってしまうでしょう。
それだけではなく、いつの日かとうとう推しではなくなって、数年後、数十年後に「なつかしいー」という気持ちになることもあるかもしれません。そうならずとも、それまでにフリマサイトや中古ショップなどで手放して、いくらかのお金にしてしまっているかもしれません。
この場合、自分の気持ちの移り変わり以外は、自分がコントロールできる範囲で行われます。思い通りにいく可能性は高く、安心安全の道です。もちろん、よくある正しい使い方でしょう。
(家族とかに捨てられてしまうとかもあるかもしれないですが、とはいえ、その予見範囲はとても小さなものです。)
2.推しのキーホルダーを惜しみなく使う場合
一方、こちらの場合ですが、思い切って使ってみたパターンを考えてみましょう。
例えば、そのキーホルダーをいつも使うカバンに付けるとしましょう。そうすると、毎日使うカバンだから、そのキーホルダーを毎日何回も見かけることでしょう。その度に良い気分になれるかもしれません。
「そのときに、それを楽しむ経験ができる」。それだけでも十分な効果とも言えますが、惜しみなく使う場合の真骨頂はここからです。
キーホルダーは私が私のために付けているものですが、もちろん私以外にもそれを目にする人達がいます。その中に、推しが同じであったり、それに興味があったりする人がいるかもしれません。そうすると会話のきっかけが生まれます。
あなたが過度の同担拒否(同じ推しである人とは仲良くできないこと。独占欲や推しへの解釈違いなどでのトラブルを避けるなどの心理からくるとされています)でなければ、情報交換や盛り上がれる新しい仲間を獲得できるかもしれません。それによって、自分が思いもしなかった関係性が築かれていくかもしれません。
推しのグッズによって、人生が彩られていく。これはとても良いプラスのリスクです。
しかし、擦れてボロボロになってしまったり、落として無くしてしまったりというマイナスのリスクももちろんあります。しかし、これもこれでとても重要な経験とも言えるものになりえます。
「大事なものを大事にする」ことはもちろん「形あるものはいつか壊れる:諸行無常」などこの世の真理を学ぶ絶好の機会です。
ここで挙げたキーホルダーはもちろん、「ゲーム内のデータ」「小さなグッズ」「お気に入りのおもちゃ」「使えなかったクーポン」などなど。これらのものには気持ちがたくさん入ってはいますが、人生を左右するほどの大きな分岐にはほとんどならないでしょう。
「壊れてしまった」「無くしてしまった」という経験から少しずつ、自分自身の気持ちや心の動きを知ったり、メンタルを整理する方法を考えたりしながら、人間は育っていくことができます。このぐらいのものから始めることは、ある意味ちょうどいい機会です。
エリクサーは完璧主義にも効く
私自身、エリクサー症候群に罹っている自認ですが、それでもこれを書いているわずかな間にも、ちゃんとエリクサーを使っていくことの可能性はビシバシ感じます。
この、自分の考えが及ばないプラスのリスクも、マイナスのリスクも経験することで、「自分の思い通りには進まない。が、それもいいよね」という感覚でいられるよになると思います。(ここには少し「人生をプラスに見ようとする」テクニックや性格などが必要そうではありますが。)
この感覚は「自分の思っていた通り、その状態でないと許されない」という完璧主義の思考とは全く逆の発想と言えますし、むしろ、その状態になれればとても心地よいもののようにも思えます。
「自分の考えや認識の外側にあるものを信じる。それが自分の人生にとって良いものであるはず」と思えることはとても素晴らしい価値観です。なんでも人の意思の上に成り立ってしまえる情報社会だからこそ、人間にできること以上のことが用意されていると信頼して進めるメンタリティはかなりの武器になると思います。だからこそ、それを獲得することはとても難しいことであるとも言えます。
「目の前の確からしいものを確保して、自分の思い通りの小さな世界で生きる」という状態から、「使ってみて良かった!ダメだった!の揺らぎを楽しみながら未知なる方へ行動範囲を増やしていく」という状態になっていくための第一歩として、あなたが手に入れた「エリクサー」を使ってみてはいかがでしょうか。