これまでたくさんの種類の教材やそれに類するものを作成してきました。
学校教員のときには授業案やレジュメ、確認テスト、定期テスト、入試問題などの作成をしていましたし、new-lookを立ち上げてからもいろんな角度で教材を作成していますし、TOB塾の塾生たちにはその人その人に合わせた授業教材を作ることもあります。大学生はじめスタッフの研修資料や、非常勤の講師としての講演内容なども思案を重ねてきました。また、まとまったテーマのシリーズものとして「高卒認定合格最短テキスト」に始まり、「new-lookちゃんねる」での配信内容、最近では「90日後シリーズ」などを作成しています(ぐっちの人生道場で公開していたり、一般に配信しているものもあります)。
今だとAIを利用しながらもっと効率よく作っていけるのでしょうが、つい最近まではそんなものはなく、だからこそ自分で考え・悩みながらいろんな形を試行錯誤することができました。
そこでいろいろ考えてきたことと、現在作成中の教材についての話をまとめていきます。
「高認合格最短問題集」シリーズ
ここで取り上げる教材は、new-look立ち上げ以降のものに絞って話を進めます。
まず最初に作成したのが「高認合格最短問題集」のシリーズです。
このシリーズは、高卒認定試験を合格するためだけを狙った「英語」「数学」「国語」「世界史」「地理」「現代社会」「科学と人間生活」「生物基礎」「地学基礎」の9科目のテキストです。
※高卒認定試験について詳しくない方は、こちらをご覧ください(ここからも受験科目などの変更がありますが、試験の基本的な部分は変化はありません)。
この問題集の狙いは、タイトルの通り「最短で高卒認定を合格すること」です。本質的な理解ではなく小手先のテクニックや丸暗記、当てずっぽうでも何でも良いので、各教科の傾向などを分析し勉強する量を極力絞って、合格基準の40/100点を目指すというものでした。
外面的な成果と本質的な成果
この教材を用いて、多くの塾生たちが短期間で効率よく高卒認定資格を獲得できていました。そして、そのままスムーズに大学や専門学校などの進路に進んでいきました。しかし、卒塾生が増えてくると、ある意味当然のことではあるのですが、中にはその先で上手くいかなくなっている卒塾生たちの話が耳に届くこともありました。大学の休学や退学、進学先卒業後に進路未決定や、就職後の早期退職などの話です。
そういった話に触れる中で、徐々に「条件だけを整えて、スピード勝負でリカバリー」という考え方の限界を感じるようになりました。そして、相手によっては、ゆっくり自分と向き合って、生きづらさにつながっているもろもろ(考え方や思い込み、思考のクセ、性格など)にアプローチする方が長い目で見て、良い人生につながっていくのではないか、と考えるようになっていきました。
そして同時に、そういったことにアプローチできるタイミングも非常に限られていることに気付きました。「高卒学歴」でも「高卒資格」でも何でもいいのですが、本人が「何か」を求めてきているその間にしか働きかける機会はありません。求めているものが手に入ってしまった後では、通塾という定期的なつながりは無くなっていきますし、連絡は取り合えるかもしれませんが非常に切れやすい状態になっていきます。そうなると、内面的な成長を目指すような負荷のかかることを継続的にできる可能性は一気に下がってしまいます。
このような考えの変化から、「勉強が持つべき意味」の認識も「次のステージに進むための道具+コミュニケーションのための触媒」から、「学力だけじゃなく、認知の仕方や情報処理能力、多様な表現法などを鍛えるための材料」へと変わっていっています。
※「コミュニケーションのための触媒」について
初対面で話をする際にはコミュニケーションの題材(トークデッキ)の準備が必要になることがあります。雑談にしても、その程度はさまざまですが、ある種の自己開示が必要になることがあります。また、「何を話すんだろう」「ちゃんと話せるかな」などの不安や緊張もあります。不登校や高校中退を経験して自尊心を保ちにくくなっている人の場合、不安が強く、プライベートな自己開示に抵抗がある場合があります。その際に「勉強」は明確な目的となり、「勉強をしにいく。それだけで良い」と不安のベクトルを勉強に逃がす効果として使えます。そしてその間に、「勉強の内容を通して、あれこれ話を広げていく」などで相手と話せる関係を構築していきます。また、本人も「勉強しに来ている(普通の塾と変わらない)」という認識にもつながり、後ろめたさの軽減にも寄与します。このように、勉強はコミュニケーションを発生させるための触媒になる、という意味でこの言葉を使っています。
今作成している「90日後シリーズ」には、そういった考えをできるだけ教材の形で具現化しようと試みています。そんな「90日後シリーズ」がどのような教材なのかを説明していく前に、教材づくりの考え方の基礎となっている「学習の5stage」と「興味を伸ばす・悩みを活かすカリキュラム」について説明していきます。
正しい認知のための学習の5つのStage
現状、私は学習の段階には5つのステージがあると思っています。
それは、「①短期的暗記のステージ」「②長期的暗記と知識整理のステージ」「③各知識のつながり・論理のステージ」「④見えないものを見る・あると信じるステージ」「⑤納得できないこと・相反する考えや感情を受け止めるステージ」の5つです。
1.学習はじめのStage
【Stage1】点数を取るテクニックと詰め込みによる丸暗記
一番初め、勉強し始めたときに立つのがこのステージです。何事もまずは基本的な知識を頭に入れるところから始まります。幼少期に自分の興味・関心のジャンルについて、積極的にたくさんの知識を求めていった経験があると、このステージはとてもスムーズにクリアできそうです。それどころかStage3までの扉が開けているかもしれません。しかし、学習内容に対してポジティブな感情が伴わないまま、否応なく知識を詰められた経験しかない場合、どんどんこのステージから先に進むことが難しくなってしまいます。
強制的に勉強をやらされている感覚が強い場合、勉強とは「与えられた課題の提出をすること」や「確認テスト・定期試験で良い点を取ること」など目の前の「やるべきことだけを“こなす”こと」である、と捉えてしまいがちです。「このハードルを越えよ」と言われたので、「ハードルさえ越えられればあとはどうでも良い」とそれが第一であり最大の目的になってしまっても不思議ではありません。そのため、習ったことをちゃんと理解して納得して使えるようにしよう、などという面倒で時間のかかることはまず考えないでしょう。そして、そのように行動することもありません。タイパ・コスパを求める現在では、一層このような考えで進む人は増えているのではないかと考えています。
こういった思考の人が思い付きがちな勉強のやり方としては、課題であれば「答えを写す」、試験であれば「一夜漬け」などが挙げられます。「提出した事実」「その場の得点」以外のことは切り捨てて、最小の労力で最大の効率が得られていてある意味とても合理的です。そう考えると、通信制高校の話題でたまに聞く「レポートは親が代わりにやって出している」的な話はそれの最たるものかもしれません(もちろんこれには親側のいろんな状況も大いに関係がありますが)。目標が目的になってしまっているのですが、「だから何?」「そこまでの余裕はない」「今は今で精一杯」という感じなのかもしれません。
【Stage2】要求される膨大な知識量と受験に効果的な技術
「Stage1」の延長線上にあるステージです。必要とされる知識の範囲が格段に広がり、目の前の課題やテストのような”その場”とか”一夜漬け”で何とかなるようなものではなくなります。
それは例えば、大学の入学試験のようなものをイメージしてもらうと分かりやすいです。「高等学校のカリキュラム」など、ある程度学ぶ内容が決まっているものですが、その扱われる知識の量がとても多いため、とても一夜漬けで挑めるものではありません。
そして、「高等学校のカリキュラム」まで学ぶというその険しさを考えてみても、何層あるか分からない関門を開け続けるようなものです。ある領域(例えば、四則演算)を学んで「分からない」が「分かる」に変わったとしても、扉の先の領域(分数や小数)に進めば、再び「分からない」に挑まなくてはなりません。学んでも学んでも分からないところが次々と出てくるため、それはゴールのないマラソンを走り続けるかのような過酷さがあります。どこまで進むのかも分からず、進むたびに「分からない」と出くわす状況では、精神的な安定や安心を得ることはなかなか難しいものです。
さらに、「社会の常識」などカリキュラムなどのないものに触れていくことのもこのステージです。慣習や文化などの「常識」には、ある程度決まったものもありますが、地域によっての違いはもちろん、「こんなん常識やで。そんなことも知らんの?」などと個人の感覚によっていきなり生み出されるものもあったりします。
知識があればその躱し方もあるでしょうが、初見ではかなり厳しいでしょう。自分自身と周りのステークホルダーとの間で見えている世界(常識)が違うと生きることがハードモードになりがちです。さらに悪意が混ざると手が付けられません。それらを乗り越えられるために、いろんな失敗を含みながらも一つ一つ学んでいくことが求められます。そのためには、受けるダメージを軽減させる視点や受け身の取り方、別角度からの心のエネルギーの供給などが必要となりますが、このあたりの話は教材作成の視点からはかなり遠くなってしまいますので別の機会とします。
話を戻しますが、いずれにしても、この膨大な量の記憶を求められる場合、「単発の知識」をそれぞれ単立で暗記していくことは現実的にはかなり難しいと思われます。では、「それに対応するにはどうしたらいいのか」と考えておくことはとても重要なポイントです。なぜなら「それは面倒だ。億劫だ」と思うより前に、「どうしていいか分からない」「どうせ自分には無理だから」と諦めてしまってやれない人も多いからです。
理想的な対処としては「Stage3」の考え方で進めてもらいたいと考えますが、このステージならではの対処方法として、例えば「語呂合わせ」や「記憶を引き出すための意味のない言葉の羅列(頭文字だけを覚える等)」などが挙げられます。もっとも有名なものは「元素記号」の原子番号1番から20番までを覚えるものでしょうか。「中国王朝」の変遷を替え歌で覚えるものも何パターンか聞いたことがあります。「2,3,5の平方根」も有名です。各教科いろいろな覚え方が見つかると思います。ともかく、意味のつながりによる記憶ではなく、暗記のための記憶です。これもこれで有用な暗記方法です。
膨大な量の知識の暗記という壁を越えるためのスキルも、それにに立ち向かっていく精神姿勢も、生きていくための大事な武器になっていきます。
「数字」を扱うリターンとリスク
また、「数字」もよく使われます。数字には力があるため、地味で地道な勉強に少しばかりの刺激を与えてくれる効果があります。数字は物事をはっきりさせるという力を持っているので、現時点や目標地点を意識しやすくなり、先を進めるための標として有効です。テストの得点に限らず、偏差値、勉強時間、勉強量(単語の個数や、問題数、ページ数など)、目安としての難易度などなど、数字を使って測れる形で「勉強」を見える化し、自分の行動を制御する試みです。これは勉強に限らず一般的に広く使われています。
しかし、多くの場合「管理するための手法」となっているため、やはり「やらされ」の領域は出ません。そのため、本質的に「勉強そのものが楽しい」となるには越えがたい壁があります。「数字」を使う場合、管理側も学習側も「気持ちや感情」など「数字」以外のものにも同時に目を向けることが大切になります。そうしなければ、「数字は達成して管理者は満足し喜んだが、学習者は満足していない。しかし管理者は学習者の状態が見えておらず、嬉々として次の目標を設定する」などを続けた結果、学習者が疲弊して動けなくなってしまうということも起こりえます。
そしてもう1つ、別の角度で「数字ばかりに目を奪われると、足元をすくわれる」という話を挙げておきます。
Stage3の内容にも関係しますが、大事な話でもありますので、数字の話のついでに先に取り上げます。
一般的なテストの点数では「Stage1や2の丸暗記の知識」と「Stage3の理解を積み重ねた知識」の違いを区別することはできません。どちらも同じ数字だからです。暗記で取れた90点も、単元を理解して取れた90点も同じ90点なのです。また皮肉なことに、理解することよりも丸暗記するの方が時間がかからないため、「短時間で高得点を取った”よりできる子”」に見られる可能性があります。
中学生ごろまではそんな感じで良い成績をキープできた人たちがいます。その子たちは「要領が良く進められる賢い子」と周りからも扱われ、自分もその気になってしまいます。「勉強とは何か」ということを理解していなくても、これまで点数が取れていたため困ることもなく、そのまま現状維持を続けてしまいます。
そして、高校生になりました。比較的頭のいい進学校に入学できました。できる子だと自認していた人が、高校レベルの教科内容になったあと、全然いい点数が取れなくなってしまいました。その場の暗記だけでは太刀打ちできません。一方、「理解を積み重ねてどんどん勉強を進められる同級生」は軽々と進んでいるように見えます。さらには、中学のときは自分より下で60点や70点しか取れなかった(が、ちゃんと理解を積み重ねてきた)人たちにも抜かれていってしまいます。そうなっても、「勉強とは何か」も分からないので、どうしたらできるようになるかが分かりません。その状態でも何とか登校を続けていましたが、そのうちどんどん劣等感が強くなり、ちゃんとプライドが折れて、動けなくなってしまいました。自分ができる人だと思っていただけに精神的なダメージも大きくなります。友人たちの中で「できない自分」がどのように振舞えばいいのかも分かりません。
このようなケースをいくつも見てきました。どこに焦点を当ててみるのかは本当に難しい事です。数字は力を持っています。だから数字に引き付けられるわけですが、やはり、学習者の心の状態や、どのような学習のStageにいるのかを考えてもらうことも大切なことです。
<勉強嫌いが量産される>
「勉強しなさい」と言われたときに立つのがこの2つのステージ(Stage1とStage2)です。
これらのステージは、基本的には「やらされ」がベースにあるステージです。受け身であり、期限や賞罰による「追われるやる気」で動かされていることが多いです。管理者のオーダーを満たすための”形”だけ出来ていれば良いため、学習による達成感や充実感は薄くなります。先に述べた、管理者だけが満足して・・・という話まで行かなくても、このステージに長期間留まると「勉強は無理にやらされるもの」「勉強は嫌い」「勉強は嫌なもの」になり、“学ぶことは辛いこと”という価値観が少しずつ形成されていくことになります。
勉強を強制されるので「やるにはやる」が、その勉強は「ねばならない」ものであり、面白みのないものだと感じます。特に、動画やゲームなどの電子機器の派手な光と音の刺激にどっぷりつかっている人ほど、勉強は地味で地道で味気がないように見えるでしょう。この感覚は「できればやりたくない」「何とか楽したい」などネガティブで逃げの思考につながります。「本も読まず」「動画も倍速で視聴し」「答えは生成AIで一発」の環境に慣れている人が、じっくり分からないものを向き合い学習することの難しさは想像に難くありません。気持ちや感情がマイナスの方向に動いていくのを放置し、その状態のまま勉強させ続けると、頑張り続けた果てにパンクして、一定のリカバリーにもかなりの時間がかかってしまうことになりかねません。
<学習はじめのStageを越えるために>
勉強するということは、「分からないこと」と出会い続けたり、覚えきれない知識と対峙し続けたりするということです。また、勉強を続けるということは、「できない自分」と直面し続けることでもあります。
そのため、メンタルが不安定になったり、逃避姿勢になりやすいものです。この不安定さを乗り越えるために、日ごろから「心」と「体」を整えておくことはとても重要なことです。
(1)「心」を整える
何をするにも心のエネルギーは必要です。余裕がなくなってくると気持ちも揺れやすくなります。心はとても不合理なものなので、何かをすればバチっと切り替わってうまくいく、というものではありません。余裕があるときに、心のエネルギーを減らさないスタンスを身に付けることはもちろん、エネルギーが増えるような行動を積み重ねておくことが大切です。また、心のエネルギーを蓄えるにも余裕が必要です。しかし、余裕があると、心に気を向ける意識はなかなか持ちづらいものですから、日常の習慣にくっつけて何かしらの行動を行うことがお勧めです。
【心を整えるための行動例】
- 情報を遮断する(デジタルデトックス。デジタルに限らず広く外部からの刺激を遮断する)
- どこかに座ってぼんやり過ごす時間を作る(行き交う人や風景などをぼーっと眺める、心地よい音楽を聴く)
- 気持ちを集中・統一する(ご飯をしっかり味わうなど日常に目を向ける。呼吸法や座禅、瞑想など)
- 一日の振り返りなどを紙に書く(日記など)
- 自分の考えを言葉にして口に出す(目標の宣言・祈りなど)
自分自身(内側、思考や感情、心)に意識を向けることが肝要です。自分自身にベクトルが向いていないものは、「心を整える」ことにはつながりません。逆に、自分の中から出てくるものを拾い上げたり、広げてあげたりする行動は「心を整える」ことにつながります。また、心という目に見えないものを行動によって現実化すること(紙に書き留めたり、声として口に出したり)ができると、心を認識しやすくなるため、より良い行動につながる可能性が高まります。また、心がいっぱいいっぱいのときは、カラオケなどで大きな声を出したり、悩みを紙に書き出してそれを丸めてゴミ箱に捨ててしまったりするなど、発散によって心の余裕を作ることから始めます。
いずれにしても、日々の小さな動きの積み重ねで少しずつ土台になっていくようなものなので、即効性は期待しないで毎日積んでいくことを意識します。
(2)「体」を作る
人は心の中だけで生きるものではありません。現実世界に生きる私たちは必ず、物理的な制約を受けます。身体には体積や質量があるため、その身体を動かすためには何らかの力が必要になります。もちろん、その動きを補助してくれる機械や工夫で楽に動く方向を探ることも出来ますが、自分自身の筋力や体力、柔軟性などを高めて、身軽に簡単に体を動かせる状態を保つことは重要です。
【体を作るための行動例】
- 体力をつける(有酸素運動:散歩やジョギングなど)
- 筋肉をつける(筋トレ。ハードなものではなく、続けていける内容)
- 柔軟性を高める(ストレッチ。こちらもきついものを長時間でなくても、続けられるもの)
- 食事をしっかり摂る(食欲の有無に関わらず、同じぐらいの時間に、多種の栄養素を含むものを食べる)
- 睡眠も大事(一番コントロールするのが難しい)
- いろいろ動く(働く、遊ぶ:子供のような全力の無駄な動きは有効)
「効果の高いことを、ちゃんとできる体制を整えて、毎日、完璧にやる」などと考えてしまうと、全く続かなかったり、そもそも全然やらなかったりします。そうすると「できなかった」事実だけが残るだけではなく、もっとひどい状態になることも良くある話です。
例えば、「栄養価の高い食材を、新鮮な状態で、いろんな種類を購入し、栄養素を損なわない調理方法で、決まった時間に、美味しく毎日食べると健康にいいはずだと信じた人がいます。そうしたいと思いましたが、そのこだわりがすべて満たすことが大変であると気づき、「それならば全然意味がない」と、毎食インスタント食品を食べてダラダラ過ごしています」。こうが良いかどうかは明らかです。それならば「栄養価の高い食材を、適当に調理して食べる」が良いに決まっています。完璧を求めて全く何もやらないよりも、自分なりにでもちょっとでも動いたほうが、何倍も良いのです。どんな動きでも良いので行動していくことが大事です。
心よりも体を作る方が分かりやすくアプローチができます。そして、何かやろうと心が動いた時に、それに応えられる体があるとスムーズに動き出せます。何か考えすぎてしまったり、逆に何も考えられなかったりする場合なども、体を動かすことを習慣の中で自然に続られるようにしたいものです。体を作っていくと、普段の動きにも小さな変化が現れると思います。その小さな変化を大事にしながら「継続すること」だけを意識していきましょう。
※人としての土台は、精神(心)と肉体(体)です。
その上に、人が人間として生きていくための技術(技)があります。勉強やコミュニケーションなどの「知識」や「技能」がそれに当たります。勉強(技)ばかりを頑張って大きく育ててしまった場合、それを支える土台がしっかりしていないと崩れてしまいます。そのため“心技体”のバランスはとても重要です。
心技体はそれぞれに独立したものではなく、それぞれが影響し合います。例えば、体を作る際に、長時間ランニングをしたり、筋トレをしたときに「しんどい」「つらい」「もうやめようかな」などいろんな心の声が聞こえてきます。それと向き合うことは、心が育ったり整ったりすることにつながります。もちろん、知識やスキルを身に付ける「技」の領域でも同様に「心」への影響があります。
2.学習の目指すべきStage
【Stage3】それぞれの知識や経験につながりを意味付ける
それぞれの「知識」や、いろんな「経験」は、各々が単立のまま置いておくとすぐに忘れてしまいます。情報量の波が大きくなっている現代社会ではとくに流されやすいです。類似性や相違性などその関連性に論理的な“つながり”で結び付けることは流される対策の1つです。1つ1つの知識や経験がつながって、大きな知識や経験の塊になると、情報の荒波の中でも流されずらく(忘れづらく)安定感も増します。
しかし、慣れないうちはつながりを探すのに手間がかかるため敬遠されがちです。また、自分が思った通りにつなげて良いのかどうかという迷いも生じます。さらに、そうしたからと言って急に点数が上がるなど目に見えた効果も感じにくいかもしれません。そのため、意識的にこのステージの達成を目指そうとすると、Stage2までの知識の身に付け方とは少し違うコツがいるのかもしれません。
ここでは、そのような幼少期の経験が無くても、勉強していく過程でStage2からスルッとStage3に進むケースについて話します。Stage1・2の人が「やらされ」で後ろ向きになりがちという話は既にしています。そして、幼少期の興味関心への態度によってStage3に進める人の話もかなり冒頭に触れました。これがポイントです。知識を身に付ける過程で、どこかのフックにかかって「面白い・興味深い・関心がある」など、その知識に対して前向きになることがStage3への鍵になります。この人たちは学びの途中で「どういうことなんだろう」「何に使えるんだろう」「どこにつながっているんだろう」「なぜこうなっているんだろう」などなど思考が捗ります。そして、その疑問を解消するために知識のつながりを増やしていきます。自分の気持ちが管理者に向かうのではなく、学習内容の方向に向けることができたわけです。
ここでも大事になるのは、完璧さや正しさではなく自分の感性に従って動くことです。それが学術的に合っている、間違っているというのは、もっとずっと後の話です。間違っていても進んでいく途中で気づくこともあるかもしれません。「正しさ」でがんじがらめにして窮屈さを覚えるよりも、自由に学ぶ姿勢の方が重要です。世の中はだれかの仮説だらけであって、絶対的な正しさによるものではないという考え方も出来ます(『99・9%は仮説』竹内 薫、光文社新書、2006)。Aという結果に対して、「Bが原因である」と考えても「Cが原因である」と考えてもいいのです。きっと幼少期の学びはそういうものであったでしょう。
生き方にも影響を及ぼすStage3
また、このステージ以降は自分らしく生きていくために重要なものがたくさん含まれます。
このステージでの「知識や経験に自分なりの理屈でつながりを付ける」というのは何も勉強のことだけに留まりません。自分自身と他者、自分自身と社会との関係性、過去と現在、現在と未来など時間軸を使った連続性にも意識を向けることにつながります。「一瞬一瞬だけ整っていれば良い」ということであれば、「つながり」に意味は見出しにくいですし、実際にその価値は見えづらくなってきています。刹那的、瞬間的な考え方が優勢な時代の流れです。
しかし、人生数十年と考えた場合に「つながり」を考えることは重要な要素になりえます。「つながり」が理解できると、その時その場の“失敗”は先に続く糧と見ることができます。「その場だけを何とかしたい」という感覚では、その”失敗”は失敗でしかありません。「つながり」を考えることで、場面場面の一喜一憂に振り回されない安定感にもつながりますし、挑戦することへの恐れも和らいで行動につながるかもしれません。
「つながり」はよりたくさんの人・モノ・コトの間に作ることによって、ますます効果が発揮されるものです。そのため、即効性は高くありません。「つながり」を作るために手間暇がかかりますし、たくさんのつながりを認識しておかなくてはなりません。そうでないと「つながり」を上手に使えません。そのためには時間がかかります。今の世の中の優先される価値観「コスパ」「タイパ」とは逆行しますが、だからこその価値がここにはあります。簡単に手に入るものは簡単に価値が無くなるものであり、苦労してしか手に入らないものはそれに報いる価値があるということです。
3.人としての器、人間性を培うStage
ここからは、少しステージの難易度が変わります。これまでは見えている題材・教材などに対して「記憶」と「論理(理解と整理)」で対応を迫るものでしたが、ここからは「見えないもの」や「二面性・多面性」が要求されます。どちらも一筋縄ではいかないものなので、これまでとは少し違った向き合い方が必要になります。
なお、ここの2つのステージ「④見えないものを見る・あると信じるステージ」と「⑤納得できないこと・相反する考えや感情を受け止めるステージ」は便宜上「4」と「5」にしていますが、順序はなく、どちらも少しずつ満たされていくようなものだと考えています。
【Stage4】“つながり”を外側の可能性に目を向ける
ここは「見えないものごととのつながり」をどう考えるのかが問われるステージです。言い換えれば「自分の理解や納得の外側」をどう捉えるのかの問題です。「コスパ」「タイパ」の果てに「失敗したくない」「結末が分かっていないと安心できない」という今の時代では、ことさら難易度は上がっているかもしれません。
見えないものとのつながり方 2例
「見えない領域とのつながり」では分かりにくいため、とっかかりとして例を2つ挙げます。
1つ目は「見えていないものを捉える」例です。
「ある程度の分量の文章が途中で切れているとします。そこに書かれていない先の話について、論理的に考えればある程度読み取れる」のような場合がここに当てはまります。接続詞で切れていればより分かりやすいですが、文章をたくさん読んでいたり、書かれているテーマに予備知識がある場合は、そうでなくても先の展開が分かることがあります。そして、その読み取れる程度や解像度は、その人の修練次第です。このように、まだ書かれていないこと(=見えていないもの)をどのように捉えるのかがこのステージの1つのテーマです。
もう1つの例は、逆に「見えていなかったつながりを作る」例です。Stage3の領域で「AとBとの関係に理由を付けてつなげる」という話をしましたが、ここでは少し視野を広げた話になります。先の例よりも少しややこしいので、さらに具体的に話をします。
「栄養学の勉強をしているときに「少量でもいいから多くの栄養素を含んだ食事を摂ることが大切」と書かれていたとします。その時に「最近よく目にする完全メシ(完全栄養食)ってどうなんだろう」などと、教科書に書かれていない日常的な知識とのつながりを作る」ような場合です。「栄養学」の学びの最中に「日常」という異分野の中の類似性のある知識を見つけ出してつなげました。このような一般的な「分野という枠組み」の外側ともつながりを付けられるかどうかも、このステージのテーマといえます。
Stage3との違い
Stage3のところで「情報の波に流されやすい暗記した知識と、その対策として知識の塊を大きくする」という話をしました。これが波の中での話だとすると、Stage4では「情報の荒波の中で今の知識の塊が流されないように、何かつながれるものがないか、テトラポットの出っ張りでは無理か、ライフセーバーに紐付きの浮き輪を投げてもらえないか、など外側につながりを探していく」ようなものです。
この積極的に全く質の違うものにつながっていこうという意識は、今の自分が理解できない事象に対して、何とかとっかかりを探していくような精神姿勢にも似ています。そういう姿勢は、さらに見えづらく掴みづらい、例えば他者の気持ちや考えなどに気を配ることにもつながります。「見えないから分からない」「知らないからできない」「はっきりしないから信じられない」という姿勢ではなく、「見えないものを見ようとする」「それに何の意味があるかを考える」ことが重要となります。
一方、この視点を持てずに、「Stage3:知識と経験のつながり」の塊で安定感を味わうところで止まってしまうことには注意が必要です。その完成した(と思いこんでいる)塊に固執したり、絶対視したりするような年齢の重ね方をしてしまうと、「正義マン」や「老害」と揶揄される方向に近づいていきます。そう考えると、こういった人たちが過去や自分に固執してしまうのは、これまでの自分の立場や考えを揺るがされることへの恐れが過剰に現れているだけなのかもしれません。
見えないものを信じる難しさ
確かに、自分の価値観を作り上げてしまっている人や完璧主義的な考え方を持つ人は、このステージの考え方は難しいかもしれません。見えないものを信じるとは、『賭博黙示録カイジ』という漫画に出てきた「ガラスの道」(第8巻)のようなものです。「もしそこに道が無ければ奈落の底に真っ逆さま」という恐怖の中で、「目には見えない道が存在すること」、なおかつ「渡れるだけの強度があること」を信じて身を投じるようなものです。見える道(自分の価値観)だけを通ってきた人や、失敗なく完璧にいたい人にとって、未来の可能性に賭けることは相当に高い難易度だと想像できます。そうであれば、意固地に自分の価値観の中にいた方が、もしくは周りに自分の価値観を押し付けた方が安心できる道に見えそうです。
また、現代は莫大な情報量に覆われていて、見たいものだけを見たいように見られる時代です。自分に都合の良い情報を集めて論理を固めることもできてしまいます。それはとても安心で心地よいために、その誘惑はとても強いです。Stage3の間に、小さくまとまってしまわないで「無理だと思ったけど何とかなった」「全然分からないと思ったけど落ち着いて考えたら解けた」「失敗してすべてを失ったと思ったけどリカバリーできた」のような経験があると先に進めるハードルが下がります。自分の認識や理解がいかに拙くて、それでも世界が思ったよりも何とかなるものだという感覚があれば、より遠くに進める可能性は高まります。
【Stage5】アンビバレントを受け入れる
こちらはさらに複雑なステージかもしれません。
「アンビバレント」とは「一人になりたいのに寂しい」「引っ越し先の新しい生活は楽しみだけど地元を離れるのは寂しい」などといった相反する感情を同時に持つことを指します。ここでは気持ちや考えだけに留まらず「すぐにはっきりさせたいのに、今はどうしようもない」など状況が自分に迫ってくる場合や、「できるようになったのにまたできなくなった」「できる自分でいたいのに、ちゃんとできない」など、自分自身の能力や行動に向かってくる場合も含めて「アンビバレント」と言うことにします。
アンビバレントに向かうスタンス
まず、最も基本的で最も大事なことは、すぐにはっきりした答えが欲しいからといって安易に答えらしきものに飛びつかないことです。そこを耐える精神力が必要になります。
人間誰しも「できない」から始まって、失敗を重ねて少しずつ「できる」に近づいていくものです。初めから何でもできる人はいません。それにもかかわらず、早い段階から「自分というもの」が分からなくて不安なため、その段階で自分をはっきりさせようとすると、「できない自分」以外の選択肢は見つかりません。(もちろん、生まれた家柄や経済力などの環境による勘違いで、自分を「できるやつ」「特別な存在」などと誤った認識を持ってしまう人もいますし、「(年齢の割には)できる人」など前提条件が見えていないため「できるやつ」と勘違いしてしまった人などもいます。いずれにしても、これは誤った認識や認知の問題で、どこかで修正を受け入れてもらわないと、ますます生きづらくなっていくことになりますが、これはまた別の話です。)
ともあれ、そういう「できない自分」に対して、「自分はどうせ出来ない人」「そんな自分のことが許せない」など、自分自身を諦めたり、ネガティブな思考で責めてしまったりすることがあります。これには、本気で思っている場合と、自分がこれ以上傷つかないように予防線として発信している場合があります。本気で思っている場合、自分から自分へネガティブなベクトルが向かってくることになるため逃げ場がなく、一人で立て直すには相当な難しさがあります。またもう一方も、防衛線を先に強いてしまったことで、その内側でいる自分を正当化してしまうために、頑張って努力することへの難易度が上がります。いずれにしても、「やっぱりできなかった」「相変わらずダメな奴」「どうせできないからやりたくない」などと悪循環のスパイラルにはまっていきやすいルートです。
そうならないためには「できない自分」も「頑張ろうとする自分」も、そして「ちょっとのできた自分」も、自分のいろんな側面を自分で認められたり、受け入れたりするようなスタンスを身に付けることはが求めらます。その際「周りのすごいなにか」と比べたり、他者からの評価を求めるのではなく、あくまで自分自身の周りのものを自分自身の感性で受け取ることを目指します。評価は副産物として後から勝手についてくるもの、ぐらいの感覚でいることをお勧めします。そうすることで、触れるすべての知識や経験を前向きに捉えられるような精神姿勢に近づいていくことになります。
この精神姿勢は、根本的には、人生の中で周りからまるごと受け入れられたような経験から育っていくものだと思いますが、自分自身で言い聞かせたり思い込んだりすることでもある程度は代用できます。そういった姿勢で行動の数が増えていくと、「全てうまくいくことはない」「全てうまくいかなくてもそれなりに良かった」などの認識が生まれ、少しずつ好循環が回り出します。あくまで少しずつですので、過度の期待は禁物です。
アンビバレントへの耐性を勉強で身に付ける
生きていて、もやもやとした葛藤や、瞬間的な激しい心理的衝突が引き起こされる出来事に出会うことはあると思います。辻褄が合わない話を聞くこと、どっちの意見も正しそうに聞こえるけど相容れないこと、そういった矛盾する出来事や感情は、心の容量をたくさん使ってしまいます。そのため、自分に余裕がなかった時などは、どうしていいのか分かなくなり思いもよらぬ行動を起こしてしまったりすることがあります。
そこまでの行動にならないようにするにはどうすればよいでしょうか。回答の1つとして、「心の器を広げておく」というものがあります。何でもすぐに白黒はっきりつけてスッキリさせないで、あふれ出ない程度にそういったものを心の器に留め置くことが、心の器を広げることにつながります。
また、勉強の領域でもたくさんのアンビバレントとは出会えますし、それへの対処も訓練として同時に行えます。
「勉強ができるようになりたいのに、何もやりたくない」や、「問題が解けた瞬間はとてもうれしいのに、それまでの間がすごくもどかしくイライラしてしまう」などは誰しもが経験したことがあるのではないでしょうか。また、勉強の内容であっても「ここに書かれていること、さっきのところの理解と辻褄が合わない」みたいなことは起こりえます。これは、だいたいは学びの未熟さに起因するものなので、「しっかり内容を理解したらちゃんと筋が通った」となることがほとんどです。しかし、そこまでたどり着けず「もう意味わからん」と止めてしまう人たちも多いでしょう。「きっと後で分かるはず」「今は今なりの理解で良いや」と先に進めていくことも成長の証ですし、「そうか、そういうことだったのか」と筋が通った経験も人生には大事なものとなります。
このように、勉強サイドでスッキリ理解や整理できないものと向き合うことで、その勉強に対する姿勢は、生き方の姿勢にも影響していきます。それは人間として生きていくうえで、大変重要な気づきになります。
そういった「もやもやする時間」としっかり向き合ってこのステージの学びを手に入れられるかどうかは、Stage3やStage4で、「できない自分」も「できる自分」も「何とかなる自分」も「何ともできない自分」も、いろんな自分と向き合ってきた経験値が積まれているかどうかが鍵になると思います。
「もやもやをもやもやのまま心に留め置く」には相当な心の練度が必要です。勉強のような「私だけの世界」でもかなり大変そうなことは上記からも伝わるかと思います。それに加えて、コミュニケーションや人間関係など「私の意思とは別の意思が入り込む世界」はますますややこしくなることは想像の通りです。そこを「アンビバレントを受け止める良い訓練の機会」と見れるかどうかで、受け取り方もだいぶ変わってきます。
即効性や分かりやすさに囲まれて成長している現在では、ポジティブに受け取る難易度はどんどん上がっていると思います。「今・ここ・私」が何よりも大事とされる時代です。ありのままの自分で生きていくための「今・ここ・私」ではなく、その時その場の自分にとって快か不快かだけに焦点を当てた「今・ここ・私」です。そして、どんなことに対してももっともらしい言い訳や理屈がすぐに見つけられる時代でもあります。そうなると、成長のための労苦を選ぶも捨てるも、本人の気分次第となるため、いろんな意味でますます格差の広がりやすい世の中になっています。
認知のための5Stageは焦らずゆっくりと
世の中に飛び交っているたくさんの情報の何をどのように受け取るのか。これは大事な技能です。
これまでに述べた5つのStageの学びが整えば、安定してたくさんの情報を受け取ることも、それに振り回されないような認知もできるようになります。それだけでもだいぶ生きやすさは上がると思いますが、さらに、その認知を正しく表現できるようになれば、どんどん生きやすく楽しくなっていくと思います。
このような技能は一朝一夕では身につきません。すぐに、安心できる絶対的な結果が出ることも、何でも整理できる認知能力が身につくこともありません。自分自身の考え方もすぐに変わるものではないでしょう。むしろ、それまでの経験やクセなどを無視して、アイデア一つでコロッと性格が変わるものは、人間としてはとても怖いものを感じさせます。ともあれ、そんなにすぐに変わるようなものではないと理解したうえで焦らず進めることが大事です。特に「人としての器、人間性を培うStage」は、慌てれば慌てるほど身につきにくいと思われます。
まずはどういう分野でも良いので、意識的に進めやすいStage1からStage3までをじっくり進めつつ、Stage4の視点を意識していくのが良いと思います。その中で、5に関わる内容や出来事と少しずつ出会っていくことでしょう。
少し余談になりますが、もしかすると宗教的な信仰がある人は、知らず知らずのうちにこの5Stageが満たされているかもしれません。その宗教に関する様々な知識(Stage1~3)にも経典などを通して触れていきますし、神仏や精霊、教義なども含めて目に見えないものを信じること(Stage4)になりますし、科学的な見方と宗教的な見方の対立(Stage5)なども経験することでしょう。
興味を伸ばす・悩みを活かすカリキュラム
さて、「学習の5つのStage」は内容に対する分析でしたが、こちらは骨組み、形式のお話です。
現在は、「興味を伸ばす」と「悩みを活かす」の2つの方向で教材を作成しています。
興味を伸ばすカリキュラム
「興味」があることで学びが早くなることは誰もが実感するところかと思います(関連記事「個人の学習効果を高める7要素」)。また、そういった内容の論文などもたくさん書かれているでしょう。
市販の教材は「興味」を引く手法がたくさん
興味を少しでも持ってもらうためにという観点では、「マンガ」を使った書籍が長く用いられています。『マンガ日本の歴史』(石ノ森章太郎、講談社、1989)などは、目にされた人も多いと思います。「マンガ」という”形式”で興味を持たせる(ハードルを下げる)学習系の書籍は、小学生用から大人用までいろんな分野で出版され続けています。
2000年代に入ってからは、マンガという”形式”で興味を持たせるのではなく、興味を持ちそうな”題材”を使って学習を進めさせる形も多く出回るようになりました。『萌える英単語もえたん』(渡辺 益好・鈴木 政浩、三才ブックス、2003)という、マンガやアニメのセリフを例文に使った英単語帳にはじまり、思春期に興味が高まる『エロ語呂世界史年号』(江口五郎、社会評論社、2010)や、小学生のド定番下ネタを使った『うんこドリル』シリーズ(文響社、2017~)は世間的にもとても大きな話題になっていました。また、ハードルを下げる、ということであれば、「カラー刷り」「口語体、会話形式」「挿絵・イラスト」などで読みやすさや、分かりやすさを上げる工夫は各参考書で見られる努力です。
new-lookとしての勉強の「興味」
TOB塾でも「本人の興味・関心」によって学習を進めていったケースはたくさんありました。
例えば、なかなか勉強ができないケースです。「学校的な勉強は、学校での嫌なことを思い出して、頭が真っ白になってしまう」とか、「トラウマ的な経験から、文字を読んでも頭に霧がかかったようになって意味が読み取れない」などの経験を持っていた塾生たちがそうでした。その塾生たちとは相談や雑談を経て、「好きな歌手の歌詞ならそこまで文字数が多くないからやれるかも」とか、「アメコミが好きだから、そこからなら文字でもいけるかも」、「教科学習は難しいが、情報(IT)やお金に関わる知識には興味がある」、「会話をベースにして頭のストレッチをするところから始めたい」などなどいろんな声を形にして進めました。
それぞれが進みだせる方向で進みだして、そのあとのことは進んだ後の景色を見て考えようという、ある種行き当たりばったりな方針だと思います。それでも興味がある内容の学習を進めていくことで、「単語の暗記」から「論理展開」までが身について、「そろそろ普通の勉強ができそうだし、大学は行ておきたいな」と教科学習に進めるような流れはいくつも経験してきました。
こちらとしては、先ほど述べた「学習の5Stage」を進められるのであれば、そのテーマは何でも良いと思っています。「情報を学んでITパスポートを目指していたが、途中で大学受験に切り替え、1年後の一般入試で人文系学科の特待生の枠を取り、大学進学後にITパスポートを取得した」塾生はStage4や5に足を踏み入れていました。この塾生の場合、「情報分野」から「受験勉強」に移った後もスムーズに進行でき、それまでの知識はもちろん、勉強の仕方も大変役に立っていたように思います。また、「旧帝大レベルの知識を暗記していたが、地理のように総合的に思考し読み解く問題が苦手だったが、何とか希望の旧帝大に合格した」塾生はStage2と3あたりでした。この塾生は志望校合格後、本人の希望で、入学後につまづかないように3月いっぱいまでStage4や5についての学びを深めていきました。
TOB塾生の傾向として、関わる年齢層がハイティーンから大人までであることや、考え方が年齢の割に大人びている人たちが多かったこともあって、「エロ」や「うんこ」をネタにするようなものをあまり好まない塾生が多いです。そのため、教材作成は「学習内容自体への興味」「人間関係への興味」「資格を取ることによる自信」「仕事に得られる資格」「将来への心配」「この先の社会の姿への興味」など、塾生の意識が向きやすい対象を狙って、教材を作成したり授業を進めたりしています。
悩みを活かすカリキュラム
「悩み」というと、その場に留まって動けていない人を想像するかもしれません。外見上はそうかもしれませんが、高校中退や不登校の人たちには、悩むことでいろいろ頭を回して考えすぎる経験をしている人たちも多いです。通信制高校がここまで一般化する前は、より一層その傾向が強かったように感じます。
ともかく、いろいろ考えすぎた経験をそのまま放っておくことは、とてももったいないことです。何とか学力の方向に活かしたいと常々考えていました。少しずついろんな角度で教材を作ってきた結果、「いろいろ悩んだ日常」と「勉強に使える学力」をスムーズに橋渡しできるような教材を作りたいと思うようになりました。
「悩んだり考えたり」は、もちろん言葉で悩んだり考えたりします。そこには論理が必要です。もちろん、論理が追い付かずにその悩みをどうすることもできず、ただただ整理されない悩みとともにエネルギーが消耗される様子も見てきました。これはStage5のアンビバレントを受け入れて心の器を広げる動きとは全然別物です。心の器を広げることではなく、心の器を消耗させることにつながります。なぜなら、その悩みがまだ「得体のしれないもの」でしかないからです。
言葉を楽しむための現代文を目指すも・・・
「言葉」や「言語」そのものの土台が無いと、各教科の勉強も捗らないのはもちろんんこと、正しく悩むこともできませんし、学びのStageを進めていくこともできません。ということで、まず取り掛かったのは「現代文」でした。2021年に「ことば」に関する教材を作成しました。これは、勉強をあまりしてこなかった人たちに対して、「勉強をそんなに堅く考えなくてもいい」というメッセージを込めながら、知識の「暗記」ではなく「理解」を目指す第一歩にと作っていきました。伝えたい内容はある程度は組み込めたと思っていますが、あまり手ごたえはありませんでした。それは「ことば」で伝えた内容があまりにも教養的な内容であったため、勉強とは高卒認定の資格や点数のためだけのもので、できるだけ勉強したくない人たちがわざわざ学ばないものであったことが大きな要因だと考えられます。
そのため、もう少し「学んだ成果」がはっきりする形として、「ことばの型」の習得からスタートする方向で再構成しました。それでできあがったのが2023年の「言葉学」の教材です。こちらもそこまでの手ごたえはありません。国語の教材として王道でないことを無名の人がやる難しさを痛感しました。
そして、この「言葉学」の教材をベースとして2025年に、さらに工夫を凝らして作った教材が「90日後シリーズ:現代文・単文」でした。「分かるかもの予感」から学習がスタートできて、「進んでいる実感」が持てて、「分かるようになってきた自信」までたどり着くことを意識した教材です。
「90日後に○○する」シリーズ
もともと「90日後シリーズ」は、上記で書いたように「分かるかもの予感」「進んでいる実感」「分かるようになってきた自信」の3つを狙って作成をはじめました。
・「分かるかもの予感」は、できるだけ日常会話から、学術用語や専門用語は使わず、ある程度文章を読めれば理解できる内容からスタートしていきます。90日間の中で少しずつ必要な用語が自然に増えていくことを意識した言葉選びを心掛けます。
・「進んでいる実感」は、90日中の何日目かを明記することで、どれぐらい進んだかを数字の力を借りて印象付けます。また、授業で扱う際には「何月何日の授業時に〇日目から✕日目まで進んだ」かが一目瞭然で分かる1枚のシートを利用しています。これに書かれた進度よって本人の理解の加減や、メンタルの状況なども読み取ることも出来ます。
・「分かるようになってきた自信」は、教材を進めていけば自ずと「ちょっと分かるようになってきたかも」という感覚が教材に取り組むとき、またそれ以外の日常の中に現れたときに実感できます。
この「分かるかもの予感」「進んでいる実感」「分かるようになってきた自信」は、今後に作成・改訂していく「90日後シリーズ」でも意識していく考え方です。
「90日後シリーズ」の現状
2026年6月20日現在、「90日後シリーズ」の申し込みフォームに掲載されているのは以下の内容です(すべての教材が完成しているという訳ではなく、「数学・計算」のみ申込者が無かったため途中までの作成の状態です)。
1.現代文
(1)単文:話し言葉から書き言葉の扱い方をマスターする。
(2)読解:短い文章から基本的な論理展開をマスターする。
(3)作文:自分の感想や意見を文章で表現できるようになる。
(4)語彙:漢字単体の意味や文字同士の関係性で語彙暗記のコツをマスターする。
2.英語
(5)単文:日本語との違いや英語の文型から基本文法をマスターする。
(6)語順:日本語と英語の語順やフレーズの作り方の違いをマスターする。
(7)複文:フレーズ作りの種類を増やしてより複雑文章の扱いをマスターする。
(8)単語:英単語を習得するいろんな角度に触れてコツを身に付ける。
3.数学
(9)計算:数字に慣れ、数学で思考停止しない姿勢を身に付ける。
4.情報
(10)情報:高卒認定「情報」のクリアできる知識を獲得する。
「現代文・単文」で「ことばの型」を固める練習をしているので一番初めの学習にオススメしています。「90日後に単文の文構造をマスターする現代文」というタイトルで配信しています。「文構造」をつかむためには「抽象化の概念」や「解釈によって複数の解答が認められる」などいくつかのハードルもありますし、「型」から入るのが窮屈に感じられる方には「現代文・読解」から先に始めることもできます。こちらは「90日後に文章の基本論理をマスターする現代文」として、日常的な短い文から「文章で使われる論理」のさまざまなパターンを学んでいきます。
ただ、英語のシリーズに進まれる前には必ず「現代文・単文」は終えておいてもらう必要があります。英語に対しては苦手意識が高い人たちも多いため、さらにつまずいて苦手意識をさらに盛ることを避けるためです。同じ文構造の取り方を軸に話を進めていますので、英語は「英語・単文」でも「英語・語順」でも、どちらから進んでもらっても大丈夫です。
「数学・計算」は、数字を見るだけで思考停止してしまうことを避けるために、数字に親しんでもらうための教材です。日常的にできる四則演算のトレーニングからスタートし、日常生活とも関わりの深いが苦手意識が強い人の多い割合や比、分数、確率などの単元も扱います。意味のあるテーマだと思いますが、苦手意識の高さと必要性の低さから、なかなか使う機会に恵まれない教材なのかもしれません。
「情報・高認情報」も、日常的にスマホなどで扱うようなケースからスタートして、90日で高校生が習う「情報」の基礎を網羅します。その後「ITパスポート」にブリッジできるようなものに更新していければと考えています。
「90日後シリーズ」の今後の展望
スタートからラインナップを少しずつ増やし、現状、上記のような構想にある「90日後シリーズ」ですが、随時作成や改訂を続けています。作成を始めた当初はまだまだ「学習の5Stage」をはっきりと言語化し、整理もしていない状態でありました。現在でも授業などで見直しを入れながら使っていますが、構成や言葉選び、題材変更など気になるところは多いです。できるだけStage3以上の要素に触れられるような題材や作問方法を取り入れる形で改良を続けていきます。
また、同時に「興味」の方向でのプログラムも整えます。
まずは、これまでの蓄積もある「高卒資格」についてです。2026年から新しく始まる「情報」については、現在のラインナップでも示した通り、一旦は作成済みです。そして、既に作成していた「高認合格最短問題集」と生成AIを使うことによって一部教科を「90日後シリーズ」にしようと思っています。「英語」「歴史」「生物基礎」「地学基礎」を予定しています。テキストでの配信を想定していますので、図表や数式の次数などが入らない科目に限定されます。内容は、高卒認定資格取得を目指すのはもちろん、各教科の基礎を築きつつ、学習の5stageを意識しながら作成していきます。そして、より「自信」や「仕事」に近づけるように、資格系のラインナップも整える構想もあり、既に一部の科目の作成を始めています。
さらに、「興味」のプログラムとして、「第2種電気工事士」の筆記試験の教材を作り始めています。また、資格系以外に、趣味系の教材も整えたいと思っています。例えば「ヒップホップやラップのリリック」を学びながら、語彙や現代文に関心を持ってもらったり知識を広げてもらうようなアプローチです。一つ例として下記のように作問してみました。
「90日後にリリック紡ぐ感性宿る現代文」
問題例:【〇日目】次のうち、仲間外れを1つ選ぶ。また、その理由を言語化する。
①絶望の淵で夢を見る
②熱湯の海を泳ぎ切る
③最愛の君は横で祈る
④決闘の時は既に来る
⑤鉄塔の地位で指揮を執る【解答例】答え以外の4つは(e-u-o-u-o—i)と多音節で韻を踏んでいる:「絶望の淵」「熱闘の海」「決闘の時」「鉄塔の地位」。この「」の4つを連続で発声すると何となく同じようなリズム(母音の並び)が感じられるはず。③は「さいあいのきみ」なので(a-i-a-i-o—i)となる。生成AIが選択肢の一部を作成しているので、⑤の「鉄塔の地位」とよく意味の分からない言葉が出力されている。これを捕えて「⑤のみ日本語の意味が通じないため仲間外れ」とする答えも考えられる(②の「熱闘の海」もいささか意味不明だが、何かの比喩なのかなーと思えなくもない範囲として)。しかし、本シリーズが「リリック紡ぐ感性」であることを考えると③の答えの方が筋が通る。メタ読みになるが、②と⑤に関しては、「意味が分からない」フレーズという違和感=それでも選択肢に残っているということは別の意図がある(選択肢を作るために無理やり韻を踏んだ など)とも読みとることもできる。余談として、少し韻は変わるが「熱湯の海」→「ネットの海」とか、「鉄塔の地位」→「絶好の地位」とかにすると少し自然になる。いずれにしても使えるかどうかは前後の文脈次第ですね。答えは③。
以上のような考えの元、現在目指している「90日後シリーズ」構想は、以下のように壮大なもので、先に作成したものの改良なども合わせて進めていくと、それなりの時間が必要になります。そのため、使用頻度や配信希望の有無を考慮しながら、領域Aから順番に作成・改良を進めています。
A.すべての土台として
(1)現代文・単文:話し言葉から書き言葉の扱い方をマスターする。
(2)現代文・読解:短い文章から基本的な論理展開をマスターする。
(3)現代文・語彙:漢字単体の意味や文字同士の関係性で語彙暗記のコツをマスターする。
B.日常生活に活きる次のステップとして
(4-1)英語・単文:日本語との違いや英語の文型から基本文法をマスターする。-(1)からの接続
(4-2)英語・語順:日本語と英語の語順やフレーズの作り方の違いをマスターする。-(1)からの接続
(5)数学・計算:数字に慣れ、数学で思考停止しない姿勢を身に付ける。
(6-1)表現・作文:自分の感想や意見を文章で表現できるようになる。
(6-2)表現・リリック:言葉を楽しみながら意図とセンスの表現を目指す。
C.教科学習の基礎として(高卒認定合格を目指して)
(7)高認・英語-(4)からの接続
(8)高認・歴史
(9)高認・生物基礎
(10)高認・地学基礎
(11)高認・情報
※テキストの配信のみで効果的な学習が可能な科目だけを挙げています。なお、「高認・国語」は、「1.すべての土台」の学習済みであれば、過去問を解いていくことで対応可能です。また、テキストで表現できない科目(図表や数式など)は別途考えていきます。
D.仕事に近づく一歩として
(12)宅地建物取引士
(13)登録販売者
(14)第2種電気工事士(学科のみ)
(15)ITパスポート-(11)からの接続
(16)FP3級
(17)簿記3級
※さすがにここまでくると難易度も上がり、内容的に90日では収まり切れないものや、テキストでは全てを学ぶのは難しい資格もあります。作成を進める中で、2回分(180日)にする、テキストで学べる部分だけを資格試験の勉強の導入部分の教材として使用するなど、より具体的に検討していきます。
おわりに
これまでの教材作成の基本的な流れとしては、まず「目の前の塾生を見て、その状況、その相手にとって必要な教材を作る」、そして「その教材を分析しながら感覚で始めた方向性に論理を付ける」、さらに「その論理に基づいて教材を見直して改良する」の3段階で取り組んできました。90日後シリーズは現在、第2段階の途中といったところですが、第3段階まで走り切って、「勉強が苦手だと思っている人」に届く教材を完成させたいと思っています。
本当のところは、教材に取り組んだ人たちから類題を共有してもらって、それをみんなで楽しめるような教材への道まで進みたいのですが、一旦は、第3段階を目指します。
学習というものは「リスク・コストとリターンは等価交換」の世界です。本質的な意味での近道はありません。『〇日間で××を総復習(完全版)』のような、どんなに魅力的な言葉が並んでいたとしても、それはただの撒き餌に過ぎないわけです。『〇日間で××を総復習(完全版)』という薄い本で得られる学びは、そのページ分の学びでしかありません。もちろん分厚い本でも冗長なだけのものであれば意味は少ないでしょうが、必要な示唆や学びを盛り込んだものであれば、その分だけ意味があるわけです。読みやすさ、学習の続けやすさのために分厚くなっている参考書もよく見かけます。
「90日後シリーズ」も、始めは「手元のスマホの普段使っているアプリに毎日届く」をコンセプトに作り始めていたので、できるだけ文字数を少なくしようという意図もありました。文字数を少なくすることが学習の継続と強い相関があると思っていました。しかし、簡潔な解説であれば、その簡潔さゆえ理解するためには前提知識を必要とします。そうなると、勉強はじめで基礎の基礎からという対象には合いません。しかも、個別授業ならともかく、一方的に教材を送るだけです。そうなると、少し長くなっても分かりやすさを優先するべきだと考え直して、途中からは分量がかなり長めの教材となってきています。文字をたくさん読むことが苦手な人が置いていかれる、ということになるかと思いますが、それはそうかもしれません。扱う問題数を調整するなどは可能かもしれませんが、1つの教材ですべてを網羅できることは不可能です。個別にコミュニケーションが取れて、相手に合わせたアレンジを加えながら教材を使えるのであれば「万能の教材」に近づくことは可能かもしれませんが、教材を提供するのみの場合は不可能です。できるだけ「話の長いおじさん」ではなく「読んだら分かった。読んだ甲斐があったわ」という意識を持ってもらえるような教材づくりを心掛けていきます。