「まずは昼夜逆転を治そう」の落とし穴をみつめる
さてさてぐっちです。
突然ですがみなさんは、「昼夜逆転」についてどう思われますか?
そうです。
寝る時間と起きる時間が逆転している、朝方に寝て夜に起きている、その昼夜逆転です。
「昼夜逆転」をやめたほうがいい理由
・「朝の日光を浴びることが、身体づくりには大事」
・「自律神経系の働きが低下するからやめたほうがいい」
・「成長ホルモンは22時-2時の睡眠時に出るから、その時間に寝ないと」
などなどいろいろ言われますので、昼夜逆転することは悪いことだと思われるかもしれません。
すぐに直さないといけないものだと。
そして、こういう言説について、それが本当に正しいのかよくわかりません(確かめようもありません)が、たぶんそうなのでしょう。(知らんけど)
だからといって、
・「子どもの昼夜逆転を治せば何とかなっていくんじゃないか」
・「昼夜逆転、治さないと!」
とか思っていませんか。
落ち着いて考えてみてください。
・昼夜逆転したら死んでしまうのだろうか。
・昼夜逆転しながら生きている人はいないだろうか。
・そもそもあなたを含め、ふつうに昼夜逆転している人はいないのだろうか。
確かに、少しでもいいことをするに越したことはない。と思うのも分かります。それでも考えてみてください。
そもそも、なぜ昼夜逆転を治すのでしょうか。
それがないのであれば、いずれまた昼夜逆転に戻ってきてしまうでしょう。
生活習慣はそもそも自分だけで整えることは難しい。
私の周りでも、休日はずっと寝っぱなしだというオトナもたくさんいます。
一人暮らしの大学生で、朝まで起きているというはなしはとてもよく聞きますし、
私自身も朝を待ってベランダで過ごしたり、ぐるぐるする頭を整理するために深夜俳諧などもしていました。
要するに、世の人たちが規則正しく生活できているのは、「しなければならない」「したい」予定があるからです。
「やらないといけない」「したい」ことがあるなら、その時間に合わせながら生きていけるでしょう。
そして、「したいこと」もどんどん時間を選ばない、というかネットゲームなどはいろんな属性の人が集まれるからという理由で深夜に集まることも多いでしょう。
なのに、不登校生や高校中退者には昼夜逆転を治すように厳しく求められてしまうのです。
- これは「どうやって生きていくつもり?」などの生き方に関しても厳しい質問が寄せられていくのですが、それはまた別の話(関連8)
高校中退者・不登校生の昼夜逆転は目の敵にすべきか。
普通に生活できている人でさえ、「予定」のためにしか規律正しい生活をすることが難しいのに、特別、予定もインセンティブもないなかで、ただただ規則正しい生活を求めることは本当に意味のないことだと思います。
奇跡的にしっかり生活を送れているとすれば、それは「家族がそう願うから」という別の目的があるからでしょう。それだけでその努力を認めてあげてほしいぐらいのものです。
ただ多くの家庭では、「昼夜逆転」していないのが「当然」なので、それだけではまだ認められることのスタートラインにも立っていないように扱われるのではないだろうか。「そんなことは当たり前」だと。
- 「当たり前だ」と思う感覚が人間関係をじわじわ壊していく話はまた別の話(関連9)で
昼夜逆転を治すにはそのこだわりを捨てるところから。
結局のところ、昼夜逆転を治してもらおうと思った場合どうすればいいのか。
結論から言うと、別の目的をみつけるしかないと思います。
なぜなら、
・この数年昼夜逆転したところで、その人が死ぬでしょうか。
・目に見えて身体に重大な病気などが出てくるでしょうか。
・昼夜逆転しなかったところで、何かとってもいいことがあるでしょうか。
・そして、そんなに先のことを思い悩んで今を生きる若い人たちがどれほどいるでしょうか・
- 若者はとりあえず「いま」を大事に生きる。ということは改めて(関連10)で
とにかく、本人にとってそんな治しても益になってるのか苦行になっているのかわからないものにこだわり、そんなものから生み出されるものにろくなものはありません。
本人も保護者も目指しているのは「その人が自分で生きていける人になれるかどうか」ということでしょう。だとするなら、目の前の「わかりやすい悪者(昼夜逆転)」に目を奪われて、とりあえずそれを血眼になって守らせるだけで、将来に向けてのまなざしを送らない状況を何とかするべきです。
いや、わかります。
わかりますよ。
確かに、将来のことを話したとしてもほしい答えは返ってこないでしょう(関連記事)。
だから、目の前のことをとりあえず何とかしないと、という気持ちもわかります。
それでも、昼夜逆転はそれを治すことを目的としてもあまり効果はありません。もっとも見るべきところは、「何のために」昼夜逆転を治すのか、を考えることです。
そして、それが難しいことも、すぐに答えが出ないことも分かります。それでも、自分はどう生きたいのかを、少しずつ考えていくことが一番の近道です。
ほんとに少しずつで大丈夫ですから。
(生活習慣が与える効用:関連17、起立性調節障害:関連18については、それぞれの記事をまた書きたいと思います)
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