人口減少社会を偏見いっぱいで語る

人口減少社会において、「日本人の出生数を増やす」ということから目を背けている人(特に政治家)は、それ相応の覚悟があるんだろうか。なんてことが頭をよぎったので、ちょっとあれこれ考えつくままに語尾とか何も気にせずだだーと書いてみました。

「異次元の少子化対策」「2030年代までがラストチャンス」「こどもまんなか」とか政治家の言葉遊びばかりで、全く効果が出ていないなーと。いつものことだと冷ややかに見ているんだけども、

人を育てられない社会

そりゃ2人共働きが当たり前、そうでないと暮らしていけないぐらいにしか稼げなくなった日本社会なのだから、家事育児に割いている余力はなくなってきてますよね。
今でも「専業主婦(主夫)」への希望、願望、憧れがある人たちも多そうだけど、なんか「専業主婦(主夫)」=働かないで楽してる人みたいなイメージがべっとりついていて、「働けるなら働けよ」「サボるなよ」みたいな圧力があるから、「専業主婦(主夫)でしっかり子ども育てたい」と胸張って言える社会には遠そうだなぁ。

少子化というか子供の出生数は、働くことが大盛り上がりだった時代(1970年代後半~1980年代)にはすでにどんどん下がっていて、そこに「女性の働く権利」が主張され、男女雇用機会均等法はじめさまざまなものが法として整えられていくんだけど、
これも、仕事してる感のために整えているというか、いろいろ整えすぎてもう働きやすいのか働きにくいのか、パフォーマンス上げる方向に働いているのかどうかなど、もろもろよく分からんぐらいになってしまっているように思うのです。

もとい、1970年代半ばをピークに出生数が減ってることは分かっているわけだから、企業経済側としては「働き手が減っていく、やばくなる」とは予測はできるわけで、働き手を増やすために「働く権利」の味方のふりをして、女性の社会進出が世の中のメインストリームになっていったのはある種当たり前の流れのようにも思える。

さらに、働くことで「結果が予測できて、再現性があって、合理的なものを優先する」ビジネス思考が男女ともにインストールされ、その考えこそが安心できる正しい考え方みたいな地位を得ていくわけで、そんな中、子供を産み育てるみたいな、予測のできなさとか、それに伴う多大なコストやリスクを考えると「割の合わない」「採算が合わない」「不確実不確定なものに手を出すのは怖い」みたいな感覚が大きくなってくるのも致し方ないよね、と。

状況的にも、考え方的にも、想いとしても、「子どもを産み育てよう」になるには相当に遠い。40年間かけて育てた価値観を、この超短期の1年やそこいらで、政治家の言葉だけでどうできるというのかしら。

未来の命に回す余力はない

んで、当然の結果として、少子化まっしぐらなわけです。
比較的最近、「育休中にリスキリング」とか騒がれてたけど、これなんかはもう産んでくれているそばから、「そんなことより働け。もっと活躍しろ。人が足りてねーんだ」と働かす気満々でワロタでワロエナイ話なんだけど、そんなメッセージを出しておいて、「異次元の少子化対策」やってますみ、これまでとは違いますみたいなポーズとか、「産まなかった方が問題」「反省してください」などの発言で「俺たちの時代はちゃんとやってきたのになー(お前たちがだらしねーんだ)」みたいな諭す感を出されても、「んなこと知らねーよ。こういう時代にしたのはおめーらだろ」にしかならないんだけどね。
ついでに言うと、あのクソ年金制度がせめて積み立て方式のままであったならもうちょい未来の命に振り分けられる資金もあっただろうに。大体、年金とかいう制度作って、国民からお金吸い上げて運用して、贅沢に使いまくった挙句、現役世代がどんどん苦しむ感じになってきてるのに、年金の恩恵受けてワイワイしてた世代は「おれたちは贅を尽くして逃げ切れたありがとう、あともう少しよろしく」ってどうなってるんよ。これで「俺たちの時代はちゃんとやってた」ってホントもう言葉もないんだけど。とはいえ、今生きてる高齢者を切り捨てるなんてことは人道上も集票上もできないわけで。

とはいえ、まぁいくら腐しても現状は変わらんわけだし一旦置いておいて、そんな状態なんだから日本人の人口を増やそうとするには、相当なコストを覚悟しないといけないんだけど、今の日本はそのコストを払う覚悟が国民にも政治家にもないのわけです。

そんな感じであーだこーだ言ってるうちに、「人が足りないなら外から人を持ってくればいい」みたいな安易な発想を経済界からは御寄付という名の金の力を使いながら、差別するな、人類みな平等、みたいなお面をかぶって押し通してるように見えるのが今の現状なのかな。

対応1:移民の裏表

ちなみに、「人手が埋まるから良いじゃないか、必要なことだ」と移民の流入は促進すべきみたいな話だけど、ヨーロッパの現状見てるとそれどころじゃない。当然移民ということは多文化、言語、習慣、価値観を持っているわけで、その人たちが流入してくることによる混乱、衝突は当たり前に起こる。どっちが悪いとかではなく、どっちもありのままだとそうなる。
例えば「お天道様が見ているよ」と言ったところで「なにそれ、しらねー。そんなもの信じてバカなの?」と返ってきても何ら不思議ではないわけです。宗教思想の話では、地蔵は蹴られ、寺社は荒らされみたいなニュースが流れてくる一方、公共の場だろうが何だろうが「私たちの神を礼拝する権利」を守れ、みたいな話も聞かれる。そこまでいくとさすがにこれはもう逆差別だよねと。「誰かの権利は誰かの我慢」なんだけど、「声や力が大きい人の権利はそうじゃない日本人の我慢」になってないかと。
もちろん、「お天道様とかお互い様とかそういう日本人的な考え方は素敵。そういう日本を守りたい」と思ってくれる外国人もいるわけだけど。とはいえ、この世の理として「悪貨は良貨を駆逐する」よろしく、悪い方に合わせないといけない社会になってしまうのも当然だし、悪いもの害するものが入ってくる想定で話を進めないといけないんだけど、「もう人手不足待ったなしだから議論はいいから移民を入れろ。ほら政治献金してあげるし、人権って大義名分もあるからさ」で進んでいってるんだろうなと。

対応2:技術革新の裏表

また、人手不足の話になると、「移民を入れるな、技術革新するチャンス」みたいな話が飛んでくる。フィジカルAI等の情報革新と機械革新による対策も当然必要だし、技術革新は期待するところだろうけど、これはこれで人間的な交流はどんどんコストとして削られていき、情報機器との疑似交流を楽しむ何ともディストピアな世界観が広がっていくんだろうなと思われる。
それだけじゃなくて、情報を一手に握られることを強いられ、災害とかで電気が切れたら何もできないわけだから、情報も手段も全て一元管理することで効率化はされるんだけど、リスクも一所に集まるわけだから、それがダメになったときの代替も何もあったもんじゃない。電池の切れたスマホの中に電子マネーがいくら入っていても無駄だし、情報流出の情報が目まぐるしく駆け巡って、もはや全く情報が流出していない日本人などいないのではないかぐらいの危うさの中をすでに暮らしているわけで。
それでも、行政も企業も「仕方がない」「コスト削減は譲れない」と思いながら、「こんなにも便利になるんです」などとアピールを前面に出して、強引にでもデジタル化を進めていくのでしょう。人間的な想い、社会的な付き合いはコストとして削られていくとなると、極端な話「子孫も残さず、人間と触れ合わず、ただ自分が生きるために、生きる」なんて、人生とは何なのかを改めて考えさせられるなぁ。地方の田舎のほうからそういった光景が広がっていくのだろうか。

対応3:適正規模の難しさ

「移民も、AIも、どっちも難しいから、どっちも嫌や」ってなったら、あとは、人口規模に合った都市計画を進めていくぐらいしかないのかもしれない。
どんどん人が増えて広げていった集落を小さくまとめていく方向です。それならば日本人だけでやっていけるかもしれません。

といいつつ、これはこれで、「どこを中心街としてどうやって縮小していくのか」「切り離される場所に愛着があって離れない人は見捨てるのか」などなど、これはこれでやっぱり耳の痛い話をしなければならないんだけど。
また、市場原理真っただ中の企業様におかれましては、前年度比の業績拡大が至上命題であらせられますから、そもそも「人口規模に合った経済を回す」というのは「売り上げが落ちる→株価が下がる→経営が続けられない」みたいな流れとほぼ同義のようなものなので受け入れられないし、「それなら移民で!技術開発もまぁそれなりにやります」で進んでいるので、人口規模に適正な経済を模索する方向は厳しいんじゃないかなーと。
まぁ、グローバル企業様はじめ日本の大企業さんたちも遅かれ早かれ「日本向けに商品作っても仕方ないから、海外向けに」ってなっていくだろうから、そのおこぼれをもらう日本社会になるんだろうから、それならいっそ地場で草の根で・・・と思う人もいるかもしれない。でも現実的に考えてそれで動ける?無理か。大企業の資本力の前に潰れていくだけだろうな。価格競争では太刀打ちできないもの。余裕のない社会の中では「安い」は何よりの武器だから。

表面飾ったもの勝ちの社会

まぁそんなこんなで、何となく、どれとなく、さしたるビジョンもなく進めているので、とんでもなくつぎはぎな社会になってきてるんだけど、耳の痛い話は政治家たちも「自分の職業」を危ぶめるものなので、触れたくない。
もちろんその時、その場でもやらないといけないことがたくさんあってそれに真摯に取り組むのにいっぱいいっぱいになっているから触れられていない、みたいな議員さんもいるんだけど、
「今この場だけぎりぎり保ってくれて、自分が政治家でいられる期間だけ耐えてくれれば」みたいな議員さんは多そうな印象だし、なんなら、そのとき話題になってるなら「乗るしかない、このビッグウェーブに」と悪名は無名に勝るよろしく、そんなインプゾンビ議員だってわんさか。例えば「移民は要らない」と言えば「日本人を日本を守ってくれるんだ」と、そのポジションと雰囲気だけの美味しいとこだけ受け取って、人気と票を集めてる政治家とか。
そんな政治家は、その後は口だけポーズだけで政策的には何もできない、進まない、のだけども、「自分、そのために頑張ってるから」のポーズだけは忘れない。でもそういう「選挙前に言ってたこと全然進められない」政治家たちが、ちょっとずつアピールする角度変えてここのところいっぱい出てきているし、有権者も繰り返し何度も何度も懲りずに騙され続けてるーと。んで、最近はもう騙されるのにも嫌気がさしたのか、「今信じているこの人こそ本物」と思い込むことで何とかしようとしているなーな人もたくさん湧いていて、末期。

欲望つぎはぎ社会

誰も損したくないし、傷つきたくないし、良い人で居たいんだよ。国民も政治家も。人間だもの。
だから、その隙間を縫って、経済の力とか国の権力とかもろもろ使って、「自分の取り分だけ確保して、後は何も知りません」「私たちは自分たちが正しいと思うことをルールにのっとってやってるから文句言うなよ」的な姿勢の政治家が目立つ。
口先立派で、それぞれが好き放題自分の旨味だけをむさぼってるのだから、普通に新しいリーダーが生まれたとしても、この甘い味を知った狐狸妖怪たちをまとめ上げて、出口の見えないいばらの道を進み切るだなんて生半可な人じゃ夢物語だろうね。

経済界も一緒。自分を守るのに精いっぱい。
国民が減って売り上げが減っていく企業が、自分とこだけは生きられるようなルールを政治家に作ってもらったり、行政委託系の仕事に群がったりと、民-民の純然たる経済だけでは今の「成長しなければならない株式会社」が保てないから、大きいものに巻かれないと何もできなくなってしまったわけで。

だから、もう傷つかず、損をせずには先に進めなくなっているのだけども、どこの世代から覚悟を決めてくれるのか。はたまた、覚悟は決まらず、国滅びるまでズルズルいくのか。みんなわが身可愛さご都合主義ゆえ、どうなるかなんて誰にも分からない。

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